01.はじめまして、戦わないメイドです。
第一印象は、すごい、の一言だった。
何がすごいの?って訊かれたら、全部が、としか返せないと思う。
はじめまして、
戦わないメイドです。
「おい」
ソーディアンを返してもらいにセインガルト城からヒューゴ邸に訪れたスタンたち一行は、屋敷の主人に案内されるままに応接間に通された。・・・はずだった。
「きー!何で本の通りにやってるのに出来ないのよ!!」
部屋に通されて一番に聞こえてきたのは、ルーティをも凌ぐ金切り声で、キーンと一瞬頭の中が沸騰した。
目の前にいるヒューゴが頭を抱えているのが見える(眼の端でため息を吐いているのはもしやリオン)。
「おい」
もう一度ヒューゴが呼びかければ、ようやく部屋に人が入ってきたことに気付いたのか(そもそもこの大人数に気付かないのもどうかと思う)、彼女がこちらを見上げ、あー?と声を上げた。ガラが悪い。
「あんだよ、ご主人様」
絶対にご主人様への態度じゃない!とスタンが思ったのはどうやら間違いではないらしく、横にいたルーティまでがうわぁと声を漏らした。
目の前の人物は、どちらかというと小柄で働くには少し若すぎる、女性というよりは少女といったほうが正しい年頃の女の子だった。彼女が身に着けているのは紺色のワンピースに白地のレースがついたエプロン。頭にはエプロン同様の上品なレースキャップ。
どこをどうみてもメイド、多分彼女の言葉どおり、ヒューゴが主人なのだろう。態度はアレだが。
しかし、彼女がメイドにみえるのにみえない(言葉って難しい)のは、態度は勿論のこと、彼女がたった今応接間のおそらく客席と思われる場所を何故か陣取っているからというところにもある。
誰も人がいないのをいいことに、無駄にある机の長さの分だけたくさん陳列されている椅子をくっつけて、少女はその上に寝転んでいた。四人分ほどのスペースにうつぶせておもむろに広げられた本と睨めっこをしている。おそらくさっき彼女が叫んでいた本とはコレのことだろう。
そして、そんな彼女は二本の棒に毛糸を絡ませて悪戦苦闘している。編み物をしているメイドなんて微笑ましく、別に珍しくは無い。ただ椅子の上にうつぶせながらということを除いては。
たとえ、世間知らずの田舎者で上流階級の生活なんかこれっぽっちも見たことも聞いたこともないスタンであっても、コレがメイドのあるべき姿じゃないということだけはわかった。
「何をしている」
「何って、見てわかんない?あみぐるみを作ってんのよ」
これがなかなか手強くてねー。
と、不満げに眉を寄せて足をパタパタと交互に上下させる少女に、ヒューゴは眉間の皴を伸ばすように眉と眉の間を軽く揉んだ。編み物を手強いと表現するのは間違っている。
「そうじゃない、ここをサボリ場にするのは止めろと何回言えばわかるんだ」
「はっ(嘲笑)!何回言ったってわかんないわね。あんたこそ普段全然使ってないのにどうせ毎日掃除させられるんなら折角だしあたしが有意義に使ってやろうじゃないっていうあたしの海よりも深い心優しい思いやりってもんがわかんないの?そのついでに全然息子に構ってあげないどっかの救いようのない馬鹿オヤジのせいで夜な夜な寂しい思いをしてる子供の為にせめてもとこのあたしがわざわざこうして悪戦苦闘しながらも寝所のお供を作ってさしあげようとしてるんだからそもそもこれっぽっちも蟻のあくびほどもサボっているわけでもないのよ。おわかり?」
どうやったらあんなたった一言でそこまで人を貶せるのだろうと感心してしまうほど見事な嘲笑と、一体全体いつ息継ぎをしているんだと疑問を覚えざるをえないほどにつらつらと言葉を並べ立てる(蟻のあくびって何だ)少女に、ヒューゴは本格的に顔を手のひらで覆った。
その間にも彼女の口は止まらない。あたしってケナゲよねーと急に振られてスタンは困った。
「まぁいい、なら今から言うものをとってきてくれないか?」
「なんであたしが?それくらい自分でしなさいよ。無能ねぇ」
あぁ、そろそろ本気でこの人が可哀想になってきた。
どちらかというと『同情するなら金をくれ』を豪語する、あのルーティでさえ、ルーティでさえ(二回言った!)、なんか哀しげな視線をヒューゴのどこか哀愁漂う背中に送っている。
スタンの後ろでマリーがおもしろい子供だなと愉快そうに笑っているのが聞こえる。そういう問題ですか、マリーさん。
そして、ごめんなさい。オレにはあなたを救えそうにありません。
だからそんな捨てられた子犬のような眼でこっちを見ないでくださいヒューゴさん。
「・・・・・・マリアン!例のものを」
「結局マリアンに用意させてたんならあたしが行っても意味無いじゃなーい・・・ぁだ!」
彼女の毒舌は誰にも止められないのか、そしてこの屋敷にいる間は聞き続けなければならないのか、と一同(一部除く)が恐怖の末そう考えた束の間、彼女の怪光線並のトークはあっさり終わりを告げた。
コツンと、軽くノックをするように彼女の後頭部をリオンが叩いたのだ。
勇者だ。リリス!ここに勇者がいるよ!
「ちょっとなにすんのよ、坊ちゃんめ!あたしの貴重で素晴しい脳細胞が死滅していったらどうしてくれるのよ。人類の宝なのに」
「そんなに強くは殴ってないだろう。というかそれでおまえの口数が少しは減ってくれるのならむしろ死滅してしまえ。そしてそれは人類に失礼だ」
「それこそあたしに失敬だわ」
ぷーと頬を不満げに膨らます少女は、先ほどよりも確実に口撃が少なくなっている。その証拠に、横でヒューゴが輝かんばかりの笑顔で、リオンにブラボーと拍手を送りたそうな顔をしている。
そうか、リオンの口の早さ(とても控えめな表現)はここからきてたんだな。とスタンは妙に納得できた。言葉の棘の鋭さも。
「人のことをとやかく言う前におまえは自分の言動を棚から下ろせ。罪人とはいえ、客の前だぞ」
リオンに溜め息混じりでそう呟かれ、少女はやっと気付いたようにスタンたちに目を留め、「あら」と瞬かせた。
よっこいせーどっこらしょ、という若者らしくない掛け声とともに起き上がる。
「まー珍しい、お客さん?って、あれ?罪人?」
さっき話を振られたはずなのだが、少女はスタンの存在などすっかり忘れてしまったらしく、此方を向いてはじめましてと礼儀正しく頭を下げた。
「メイド見習いのジゼル、と申します」
両手を膝より少し上で組み、柔和に首を傾げた。多分これだけ見れば立派なメイドだったと思う。
「よろしくね、ニワトリさん」
あぁ、なんて・・・
返事の代わりに、スタンはすごいなぁと呟いた。
そのあとジゼルに、おかえりなさい坊ちゃんと言われた時のリオンの顔がとても安らかで優しいものだったことに、スタンはもう一度、すごいなぁと呟いた。
(みんなみんな彼女にふりまわされている。いつのまにか)
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