04
*
朝はそうではなかったが、その日はどうも雲行きが怪しかった。五分後にはぱらぱらと雨が降ってきてもおかしくないほどだ。開いた窓から入ってくる生ぬるい風を感じていると、横にかけた鞄の中で携帯が光っていることに気づく。見てみると、翔吾からだった。
『友達と勉強してかえるから一緒に帰れない』
来ていたのは一時間前だった。もうこの時間でおれは授業が終わるから、結構ギリギリ。絵文字や顔文字はもちろん改行だって句読点だって考慮されていない無造作なメールだ。返信画面にしたところで、ぽつぽつと窓を叩く水音に気づいた。窓を閉めながら、雨だ、とどこか他人事のように思った。
雨はきらいだ。気分が、落ち込む。
ぼーっと手に持っていた携帯が振動して、開くと続けて送られた翔吾からのメールだ。
『ほうかご教室』
今度は改行をしている。
『俺のいえのかぎ渡す』
了解――そう打ったあとにしっかりと了解の顔文字をつけて送信した。
授業が終わると即刻ゆかりちゃんに捕まって「今日は一緒に帰るの?」ときらきらした乙女の目で聞かれて首を横に振ると、「なんだ、じゃあねー」と不満げながらも軽い足取りで教室を出ていこうとする。
「あ、でも」
翔吾の教室には行くけど。そう言おうとして咄嗟に自分の口を閉ざした。そういえば『口は災いのもと』て言われていたのだった。
振り返って首をかしげるゆかりちゃんに「やっぱりなんでもない……じゃなかったなんでもねえ!」と言った。変な立花、そう言ってゆかりちゃんは今度こそほんとうに出ていった。
ゆかりちゃんが昇降口に通じる階段を下りたのを確認してから、おれは三年生のいる教室へ向かった。一年生が三年生の教室に行くのは、どことなく緊張する。
(怒られないよな……)
この間翔吾が『他の上級生にいびられる』と言ったことを思い出してびくびくしながら歩いていたが、時折視線を感じるだけで話しかけられたり怒られたりすることはなかった。きっとなんだあれはと思われているのだろう。
「あれー? もしかして陽太くんじゃない?」
ちょうど翔吾の教室の前に到着しかけたところで肩を掴まれる。一瞬びくついて振り返って、体の力が抜けた。びっくりしたけれど、この人はたしか翔吾といつも一緒にいる人だ。たしか名前は……。
(お、思い出せない)
焦るおれとは裏腹に「なんでここいるのー? あいつ?」と聞くから頷くだけでなにも言えなかった。すこしは乱れているもののそれなりにきちんと制服を着こなす(しかも黒髪めがね!)の翔吾とは真逆で、この人はだらしなく制服を着崩している。
笑顔はなんだかかわいい。こういう人なんていうんだっけ? フェロモン?
「……陽太くん、俺の顔なんかついてますかね」
「あ、ごめんなさい……」
慌てて逸らすとくすくすと笑われた。
「それでもよくきたね、上級生の教室なんて怖くなかったの?」
「こわ、怖かったです。やっぱり下級生だとじろじろ見られるし」
「んーそれはたぶん陽太くんだからじゃないかな」
「そうだったんですか」
納得しかけて、んー、と首をかしげた。なんかおかしなこと言った? みたいな顔で笑っているその人を再び見上げる。
「おれだから?」
あ、敬語抜けた。そう思って言い直す前に、その人が口を開いた。
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