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「最近の佐渡屋はアクティブになったよなあ。一二年の頃とは比べもんにならないくらい」


 優秀なのもねえとつけ足される。さっき説明した公式なら予習済みである。悔しそうに教育者ならぬ面持ちで舌打ちした教師が八つ当たりでこの深山の頭に指示棒を刺していたのは気づかぬふりをした。


「別に」

「別にじゃなくてねえ、あのおチビくんのおかげ」


 最近は佐渡屋に覇気が出てきたって女子たちが色めき立ってるんだよー。うらやましいねえ。なんて深山がひとりで喋っている。とりあえず俺から喋ることはなかったので、奴は置いて教室を後にする。


「ほんとうにアクティブ。必死さがだだ漏れすぎて他のもん見えてないもんねー」


 ぼそりと呟いた深山の言葉はしっかりと聞こえていた。

 三年生になる前には教室を出た先がもっぱらトイレだった俺だ、たしかに変わった自覚はある。原因が陽太であることも知っている。

 陽太が俺と同じ高校に受かって入学してから、俺は家だけではなく学校でも陽太の世話をしなくてはいけなくなった。すぐ泣こうとする陽太は常にどこか放っておけない。

 俺は陽太がひとりで泣くのがきらいだ。無意識に早まる足のまま、俺は職員室を抜けて保健室に向かった。


 体育の時間、あんなに情けなさそうにしていた陽太がへらりと自分の教室に戻ってだれかと談笑などしている余裕がないのは目に見えている。


「……失礼します」


 扉を開くと若くて美人と名高い保健室のマドンナが驚いたように俺を見た。見ないお客さまだねえ、とその絶大なるプロポーションとは裏腹のさばさばっぷりである。こういうところも人気であり、乳臭い女の子に興味のない男たちからは大人気である。

 もちろん俺にとってその肢体はなにもそそられないけれど。


「ここに、立花陽太がいると思うんだが」

「ああそういえば有名なコンビね」


 なにが有名なんだ。いつの間にそんなコンビなんかになっていたとは心外だ。


「冷徹漢な佐渡屋を動かすおチビちゃん、てここの常連さんが言ってたわ。まさかほんとうだなんてねえ」


 その常連とは間違いない深山である。やつはグラマラスに目がない。


「転んじゃったみたいで、けがの処置は終わったんだけど、ちょっと休みたいって言ってあっちのベッド行っちゃったのよ」


 カーテンで仕切られたベッドのほうを指さして「一年生から堂々サボりなんてあんたのおチビちゃんも問題児有望だね」なんて他人事のように言っている先生。

 カーテンの向こうはひっそりと静まっている。そっと手をかけてパソコンに向かい合った先生を確認したあとその中に入った。ぽかぽかと日差しが降り注ぐ窓に面したベッドはぽかぽかと温まっていて、隙間から入る春風が心地よい。

 布団をかけることなく丸まった小さな体は、止まっているように見えて小刻みに震えている。


「陽太、俺」


 ふて寝する気か、こら。そういう意味を込めて柔らかな茶色みのある髪の毛をかき混ぜる。体を一層丸めてそれからおもむろに起きあがったカタマリは、そのまま突進するように俺に向かって抱きついてくる。腰に巻きついた腕と胸に宿った子ども体温を宥めるように、頭を撫でた。


 陽太が頭を突っ伏していた場所は、ほんのりと湿っている。


「……しょーご」

「ん」


 こうなることだと思いブレザーを脱いできてほんとうによかった。胸に顔をうずめているカタマリのおかげで、俺のワイシャツが事件になっていることだろう。最悪鼻水もついている。

 ぎゅう、と抱きしめて埋めた陽太のつむじから、太陽の匂いがする。きっとぽかぽかと呑気に日に当たりながら泣いていたせいだ。



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あきゅろす。
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