08
「ごめんねー待たせちゃったね」
「いいよ。俺が来たのが早かったんだし」
悠里は中学のときの部活のスウェットだった。がん見していると「懐かしい?」と苦笑された。でも、心なしかちょっと小さめな感じがする。
悠里、高校でも身長伸びているからなあ。俺は止まってしまったけれど。
ベッドを背にして床に座る俺の横に、すこしだけ間を開けて悠里が座る。髪の毛はまだすこしだけ濡れていた。
「悠里、もう11時過ぎてるけど、ほんとうに練習やるのかよ」
こんな時間から練習したら近所迷惑だし、何時までかかるか分からないし、明日も学校なわけだし。悠里がいるからそんなことにはならないんだろうけれど、寝坊したって委員長に怒られる。
さっきまで目を通していた台本を閉じる。なんだか眠くなってきそうだし、集中できそうにない。
「うん、するつもりないよ」
「………………は?」
思わず手から台本が離れて、ばさっと、俺と悠里の間に落下した。え?
悠里は悪びれる様子もなく俺の落とした台本を手にとってページをぱらぱらとめくりながら「こんな夜中に練習したって効率悪いし、明日起きれなくなっても困るしねえ」と。それさっき俺が考えたことだ!
「な、……な、な、なんで」
「ただの名目だよ。ぼく、久しぶりに和音とお泊りしたかったんだあ」
へへ、と悠里が笑う。ごめんね、と。不覚にもそんな表情は、可愛く映る。ぽ、と、自分の頬が赤く染まったのが分かった。
なんだか、拍子抜けてしまった。理性がどうとか色々考えていたけれど、大丈夫そうだし。なにより悠里のこんな可愛い顔見て、どうこうしようと思えるほうが希少価値だ。
(そっかあ)
「あ、和音! 久しぶりに笑ったね」
「わ! 笑ってない!」
悠里の俺に対するすきと、俺の悠里に対するすきは、全然違う性質のものだ。だけど俺はこうしていつも、まぎれもなく悠里から好かれていることを自覚させられる。
(もう、今はこれでいいかも)
ぽす、と、体を横に倒せば、ちょうどよい位置に悠里の肩がある。いつの間にか、体重をかけても倒れないくらい男らしい体になったんだなあ。悠里に言ったら、いつのことだよって馬鹿にされそうだけど。
「……ふあ」
なんだか、眠い。今日たくさん練習して疲れたからかなあ。泊まりとかいって、嫌に緊張していたからかなあ。
すう、と自然に瞼が下りていく。頭が乗っかっていない方の手が俺をぽんぽんとあやすように撫でた。
(子ども扱い……)
いつも逆なのに。俺がしてやっている方なのに。こういうのも、悪くないけれど。
「眠いの、和音」
「んー……」
だって、おまえの肩、寝心地いいんだもん。
俺の髪の毛に、悠里の湿り気を帯びた髪の毛が絡むように触れた。
「ゆうり」
「なに」
「このまま……おれ、」
「うん。このまま眠っていいよ。運んであげるから」
最後の台詞も、その後に小さく呟かれた「可愛い」という声も、俺は知らない。急激に襲ってきた眠気に耐えられないまま、俺は意識を飛ばした。
「無防備だね。ぼくが襲っちゃってもいいのかな。ねえ、和音」
ふわりと宙に浮かぶ感覚がする。全身に感じる悠里の体温がもっと欲しくて、もぞもぞと身を寄せた。
それにしても、眠い。
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