07


(そうは言ってみたものの)


 悠里の家は目と鼻の先だ。というか隣だ。ご飯を食べ風呂を済ませてから行くと言うと当の本人は不満げだったがそこは譲らなかった。ゆったりとそれらを済ませ、ひと言母親に「悠里んちに行ってくる」というと珍しいわねーいってらっしゃい、だけで終わった。

 インターフォン、押そうか……。いつもならガチャッて開けて勝手に入っていたし。そっちの方が不自然じゃなくていいだろうか。いや、でも高校生だしちょっと失礼かな。

 季節は秋の入り口だ。やや冷たい夜風にパジャマ一枚は流石に寒くて、ええい、と門を押し開いて玄関に手をかけた。


(どうせ悠里のおかあさんたちいないんだし。いつもどおり!)


 俺の家よりもいくらか重い玄関を押し開けると、季節にそぐわないカラランという涼しげな風鈴の音がした。相変わらずこの家は一年中夏一色な玄関である。

 あまり変わっていなくて、ほっと一息ついた。


「かずねー? ちょっと待ってて−」


 リビングよりも随分近い場所から、くぐもった声が聞こえてくる。どこか確認しないうちに、一番手前の脱衣所の扉が横にガラガラと開いた。とたんに白い湯気が僅かに出ていく。


「早いね! ぼくの部屋行ってて」


 その間からひょいっと体を出した悠里は――、て風呂上がり!?


(う……)


 ちゃんと大事なものは腰に雑駁に巻き付けられたタオルでカバーされてはいるけれど、その他はあまりにも無防備だ。見ていられなくて、勢いよく顔を逸らした。


 あ、今変だったかも。

 なんて思うには、もう遅い。


「あれ、和音」


 素足が床を歩く音がする。湯上り独特のほかほかとした体のまま、悠里が玄関で仁王立ちになったままの俺のそばまでくる。直視できなくて、俯いた。


(うう……やっぱり泊まりは……)


 思わぬところからカウンターが来るものだ。ベッドのポジションだけ気にしていればと思っていたのだが。

 そんなことを思いながら床から生える足をぼんやりと眺めていると、髪の毛をやんわりと引っ張られる。驚いて上を向くと、想像以上に色っぽい悠里がいる。

 全身が、一気に硬直するのが分かる。血のめぐりが加速するように、体が赤に支配される。

 掴まれた髪の毛、熱い。


「和音、また髪の毛あんまり乾かさないで来たでしょう」

「そ……そんなこと」

「変わらないね、そのくせ」


 まだ僅かに濡れた感じのする指先が、確かめるように俺の髪を梳く。

 悠里ぺったんこになった髪の毛の先に溜まる雫が、頬を下りていく。なんだか湯上りだからか顔も上気していて、ほんとうに色っぽい。


(悠里、綺麗だ……)


 直視できないで、ふい、とまた顔をそむけた。


「ど……」

「ん?」

「ドライヤー、貸して」

「ぼくにやらせてくれないの? 濡れた髪で来た和音にドライヤーするのはぼくの仕事だよ」

「俺がやる!」


 靴を脱いで、まだ石鹸の匂いが残る脱衣所に駆け込むと、ドライヤーだけ持って二階へ駆けあがった。悠里の方は、見れなかった。


「すぐ行くねー」


 背中に悠里の声がかかる。

 いやだ、まだ熱い。


(ほんとう、綺麗になった、悠里)


 行き慣れた階段を上がってすぐ左の部屋は、あちこちに悠里の生活感が漂っていて、悠里の匂いが蔓延していて、そこでもおかしくなっていた俺は腰を抜かした。

 顔の熱よ、止んでくれ。悠里がここにくるまでに。


(体、鍛えているのかなあ……)


 ちらりと見えた上半身を思い出す。細身なのに、筋肉はしっかりとついていると分かる体だった。悠里が着やせするタイプなんて知らなかった。

 俺は出来ごころでちょっとだけパジャマの裾を掴んで腹をめくったあと、勝手に自滅して落ち込んだ。



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