06
*
とまあ俺の表現者としてのボロも出て、みんなに呆れられもしたが、もしかしてこれは俺得なのではないかと今、思っている。
だって、俺が王子様で、悠里が白雪姫だ。つまりお話の中だけでとはいえ俺たち恋をするんだもん。
『和音、ぼく、演技が終わってほしくないと思った……っ。いつの間にかぼく、和音と恋人になりたいって……!』
『悠里、俺はずっとおまえを恋の対象として見てたよ』
『そんな和音! かっこいいっ』
『悠里はかわいいよ』
『かずね』
『ゆうり』
『かずね』
『ゆうり』
ほんんわああああ。
「和音?」
滝のように溢れる妄想の世界へと旅立ってしまったからだろうか、現実の悠里が不可解な表情をしている。そうだよね、悠里は『かずね』なんて甘い声で俺を呼んだりしない。これは妄想だ。妄想。
(でも、どうにかして、演劇通して現実になったりとか)
草原のいうとおりこの学園がおホモマジックでもかけてくれるもんなら、かけてみてほしい。藁をもすがる思いである。
「かーずーね!」
「う!」
ぱこ、と、委員長監督がやるみたいに台本を丸めて頭をはたかれる。
夕焼けをバックにした悠里はほとほと呆れているようだ。
そうだった! 棒な俺のせいで悠里放課後まで残したのに! 俺ったらトリップしてた!
「ごめん、悠里……なんか、ぼーっとしてた」
「あしたまた、委員長に怒られるよ」
「気をつけます」
悠里がしょうがないなあというみたいに甘く笑う。俺は、こういう可愛い悠里がすきだ。
(本当に、きれいだよなあ)
幼い頃こそぬいぐるみのような愛嬌のためみんなからおもちゃのようにされていた悠里だが(一方で男の子たちには弱虫オトコオンナといじめられていた)、今は綺麗になった。それこそ平凡がそばにいるのがおこがましいくらい。
いかん、今は集中。
「どうも何回やっても、棒読みだよねえ。片言っていうか」
「うう」
「あんまり集中してないみたいだし」
「ごめんなさい」
悠里の放課後を奪っておいてどんだけ嫌なやつなんだ、俺。
そんなことを思っていたら、ぽん、と頭に悠里の手がのっかる。大きな手。見上げると、いいことを思いついた!と言わんばかりの悠里の表情。
「ねえ、和音! 久しぶりにうち来ない? 今日両親いないし、そこで練習しようよ! 秘密特訓」
「え、悠里の家……?」
「最近泊まりとか来なかったじゃん、おいでよ」
汚れを知らないだろう悠里の瞳はキラキラと輝いている。少年みたいに。だけどそれはちょっと、いや、だって。両親いないってことは大好きな可愛い悠里と一緒にひとつ屋根のした夜を超えるということで。
(つまりそれは、俺の理性との闘い……)
久しぶりに幼馴染の俺との泊まりが楽しげでうずうずしているのだろう。だけど俺は、気まずげに目をそらしてしまうだけだ。
「えっと、それは……ごめん、無理だ」
悠里の眉は、一瞬にして下がった。
「いや! えっと……俺も悠里んち久しぶりに行きたいのはヤマヤマなんだけど」
どうしよう傷つけている。
ぐるぐると回る頭の中で考える。どうすれば悠里を傷つけずに断るか。だけどそもそもこれは俺の問題だよな。俺が悠里のこと好きなあまり我慢出来なくなるかもしれないという話であって、悠里に罪はないし。
……俺が我慢すれば。
それに正直、悠里と四六時中一緒にいたいという気持ちも、ある。台詞の練習したいという気持ちは全くないけれど。
ぎゅう、と拳を握りしめる。
(どうする我慢で男を見せるか)
だけど、とちらりと悠里を見上げる。もう口をへの字に曲げてこちらを縋るような目で見ている。目に毒なほど綺麗なものを、この手で追い詰めている気分になってしまう。
「和音」
「……」
「だめ?」
「…………わかった」
「やったあ!」
花が咲くような笑顔だった。俺は嬉しいのか恐怖なのか分からない一夜に戦慄した。
劣情ともいえる恋心がどうしようもないほど膨れ上がってからは、なるべく部屋に行ったりまして泊まりに行ったりなんてことはしなくなっていたから、なにも知らない悠里としては嬉しいのだろう。
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