10
「つ、疲れた……重かった」
「おーちゃくするからだ。二回に分けて持ってくりゃいいじゃんかよ」
「ただでさえ準備室遠いし、二往復なんて絶対やだね」
職員室よりも奥にある、どこか埃とカビの匂いのする準備室にどさっとノートを置く。開いているところが見たことのないベージュのカーテンからかすかに漏れる光が準備室に立ちこむけれど、そこは埃がふわふわと舞っている。
(汚い……)
「それか宮間使えばいいだろうが」
「悠里は可愛いからだめ! 重いものなんて持てない!」
「そりゃおまえだけど……まあ、自覚がねえんならいいけどよお」
なにごちゃごちゃ言ってんだ!
全く。そりゃあ悠里は手伝ってくれようとするけれどね。なるべく重いものは持たせたくないというか。……ああ、俺も過保護だなあ。
昔みんなにいじめられていた頃、先生への提出物押しつけられたり掃除させられたりしていた悠里を手伝っていたせいか、あまりそういうことはやらせたくないと今でも思ってしまう。
「まあごくろうごくろう。ほらお駄賃」
ぽい、と手のひらに飴をみっつもらった。買収されたんだ俺。別に嬉しくないけど、とりあえずひとつは悠里に上げようかな。
「そうやってまた無自覚に笑う……」
「あ?」
「なんでもない。ほら出てけ。先生は煙草が吸いたい」
「不良だ」
まあこれ以上先生と一緒にいる意味もないので、さっさと戻ろうと準備室を後にした。
(悠里はいちごかな……)
そう思って、俺はレモンの飴をぽいっと口の中に入れた。思いのほかすっぱいそれが、じんわりと広がる。悠里、まだ待っているといいけれど。
廊下から見上げた空はほんのすこしだけ色づいている。
教室のそばまでくると、中から数人の声がする。まだだれかいるのだろうか。
「ねえねえ、悠里くん」
「ぼくたちちょっと訊きたいことあるんだけど――」
悠里いるんだ! 嬉しくなってドアまでかけるけれど、直前で立ち止まる。ちらりと視界の端に映った悠里は、数人のクラスメートに囲まれていた。
……あの子たち衣装班の子たちと、小人の役やってる子たちだ。悠里に近づくその子たちの目を見て、体が完全に止まる。
俺、あの子たちの目、知っている。
高校に入って急激に身長が伸び出した悠里に、ああいう目の色をした可愛い男の子が告白するということが何回かあった。きっと、悠里になんらかの好意を抱いている子たちだ。
(可愛い)
胸が、痛む。
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