02


『おまえ、K大学志望って二年の後期まで書いてたじゃないか』


 職員室の前にある小さな対生徒面談用の部屋で、まずみっちゃんが言った言葉だった。その手には、六月の学校模試で書いた志望校が乗っている。

 うちの高校とゆかりのあるK大学に行くということは、私立でいうエスカレーターと同じようなことだった。つまり一定の内申をしっかり取っていれば、上限人数こそあるもののそのまま受験をせずに面接だけで行ける――いわば内部推薦というところか。たしかに、勉強なんて大嫌いだったおれはK大に行くことになんの戸惑いも躊躇もなかったし、それが一番いいと思っていた。


『受験します』

『そうはいってもな、今から間に合うか』


 七月に入ろうとしている。受験生なら、とっくに毎日を勉強に捧げている途中である。しかも模試の結果といえば、目も当てられないくらいのひどい有様だった。勉強をしていなかった二年間が浮き彫りになるようで。


『今から、おれがんばるから。お願い、みっちゃん』

『まあ、最終的に決めるのは先生じゃないからなあ。でもなあ。この成績はなあ』

『おれだって多分やればできると思うんだよね、うん、やれば』


 みっちゃんがうなだれる。

 高校三年生で、みっちゃんというゆるい先生に当たったのはラッキーだった。みっちゃんは基本的に放牧状態である。さっき里央が言っていたように、今回のようにだれかを呼び出して個人面談なんてことはめったにないのだ。だから里央が気になるのも無理はない。


『けどま、なんで勉強嫌いなおまえがまた、一般』

『……』

『ま、無理に答えなくてもいいぞ。内部推薦まで時間はあるし、やるだけやってみてどうしても勉強が続かなかったら、推薦とりゃいいのよ』


 あるまじき発言だなあとぼんやりと思った。おれはこういうみっちゃんが結構すきだ。


 すこしずつ日が落ちていく中、みっちゃんとの会話を考える。


 ――もう、苦しい。


 そうやってだれかにいうことができたら、おれの苦しみもすこしは緩まるのだろうか。抜けることのない痺れが、すこしは収まるのだろうか。

 こんなに近くにいるのに、喉から手が出るほどほしいのに、決して掴んではいけないきみを、いつまでも見ているだけのこの恋が、こんなに苦しいこと。

 おれは逃げ出そうとしているんだ。これ以上苦しくないように。遠くに行って忘れられるように。この恋を、終わらせるように。


 初夏の風が頬を撫でる。


「あー、夏だなあ。今年も海行くかあ」


 なんて、おまえがいうから、おれの目じりにはすこしだけ塩っぽい水が滲んだ。


 おかしいだろう、里央。

 おれはさ、おまえが小さくてふわふわした女の子見ては可愛いって悶えてたりとか、

 おまえはもうちょっと積極的に恋しろよ俺みたいになって悪戯っぽく言ってきたりとか、

 こーすけってばかっぽくおれの名前を呼んで笑ったりとか、

 おれのパーソナルスペースまでずかずかと踏み込んで当たり前のように触ったりとか、


 そういうのが、もう、全部全部苦しいんだ。



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