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「あーいたいたこーすけー」


 間延びした声が聞こえて、見上げていたオレンジの空から目をはなす。振り返るとおんぼろのママチャリを止めてこちらに向かってくる里央がいて、おれは思わず下を向いた。


 下を、向いたんだ。


「えーなになに。みっちゃんに呼び出されて帰ってこねえと思ったら、こんなところでたそがれてたの?」

「うるへーおれにも色々あんの」

「怒られた? 怒られた?」


 パーソナルスペースをゆうに超えてあっという間におれの視界いっぱいを包み込んだ里央が、いたずらに微笑する。さっきまで見ていた、燃えるようなオレンジの空に酷似していた。

 里央を色にたとえるなら、オレンジだと、おれは思う。それは決して髪の毛が茶色と黄色の間くらい明るいからとか、本人がオレンジを好んで身につけているからとか、はつらつとした性格だからだとか、そういう単純な問題ではなくて。


 いつも日が落ちる手前になると目の前の川を遮断する橋の日影になるこの芝生のある河川敷で、よくオレンジの空を見ながら里央と一緒にいるから。ただ、それだけ。それがいつの間にか、里央の色になった。


「べっつにー」

「みっちゃんが個人面談吹っ掛けるなんて、ただごとじゃないね」


 大きな手がおれの頭をぽすんと叩いて、もれなくそのまま、くしゃりと撫でる。それが、里央のくせで。


「うるせーよ」


 ただごとじゃない? そうだよ。そうだよなんて、いわないけれど。


「たいしたことじゃねーし」


 その手から逃れるようにそっぽを向いて、見られたくない顔を隠した。里央の手は、当たり前のようにはなれた。


「俺にはいえねーこと?」

「たいしたことじゃねーから」


 気になる、気になる、気になる。全面に訴えてくる視線から、逃げた。


(おまえにとっては、たいしたことじゃ、ないのかもしれないし)


 小さな街。小学校、中学校、高校、メンツの変わらない中で、おれと里央は常に一緒にいた。この河川敷と、オレンジと、なにも変わらずに、おれたちは友達だった。

 変わったことといえば、中学校でバスケを始めた里央が急に身長を伸ばして女の子にモテ始めたこと、そして、おれがその女の子たちに里央を取られたくないという思いを持ち始めたことだろうか。

 それでも、関係は変わらなくて。おれたちはずっと友達で。


「俺は聞きたい。おまえとみっちゃんの個人面談」

「おれは教えたくないばーか」


 高校に入って自由にしたいからとバスケ部を辞退して帰宅部を選びのらりくらりと生活している里央と、里央と付き合っては別れを繰り返す移ろいやすい周りの女の子たちと、里央の良きパートナーとして周りから「あのふたりってほんと仲いいよね」と羨ましがられるおれ。

 ほんとうに、なにも変わらない。そしてこれからも、なにも、変わらない。


「てか、晃介チャリは?」

「今日雨予報だったから、歩き」

「ざーんねんでした。すっかりいい天気じゃん」


 空を見る、オレンジ色に輝く横顔が、またいたずらっぽく笑う。

 バスケット界にしてみても高いと言われる身長に加えて外見がクールぶって見えるせいかよく「落ち着いてそう、守ってくれそう」なんて女の子たちに騒がれている男とは思えない子どもっぽい笑み。

 おれは、そんなこいつの微笑が、すきだ。


「かえろーぜ」


 がたがたでところどころ錆ついている里央にしては小さめのままチャリに手をかける。そこで思い出したように、おれのかばんが里央のとふたつにまとめられて前かごに入れられる。

 いったん家に帰ったのだろう、消えた学校指定のネクタイと、緩められたワイシャツからきらりと覗くシルバーネックレスと肌色の鎖骨。


「ほら乗れよー。大通りはパトカーあるといけねーからちょっと遠回り!」


 おれはすこしだけ動揺して上ずった声で「ああ」となんでもないように繕い、震えそうになる手に力を入れて後ろに乗った。

 チビは後ろだこら。なんて、悪態をつきながらチャリが進む。おれは顔を見られないことにほっとしながら、声だけで「ばーかこれから伸びるんだよ」と背伸びする。


 ほんとうは、震えているんだ。



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