10


 次に目が覚めたのは、スマフォが鳴る音でだった。

 画面の「沙羅」を確認しながら空を見上げると、オレンジ色であった。どうやら眠りこけていたらしい。なんだか空腹感もある。

 さっきよりもすこしだけ軽くなった体を起こしながら、通話を押す。


「もしもし」

「どう、体調は」

「へーき。おまえでも心配するんだな」


 というか、そういう感情持ってる人間なんだなあなんて言おうと思ったけれど、やめた。だれよりも色々な感情を持っている沙羅を知っているから。


「あんたいないと勉強はかどっていいわ」

「沙羅、友達いなくなるよ?」


 心にゆとりが出来る。沙羅との会話は、どきつい毒舌が飛び交うものの不思議なことに空気がまるで雲のようにふわふわとしている。楽だ。すごく。

 ふあ、とあくびをすると、「今まで寝てたんだ」という苦笑が聞こえた。


「うん。なんか、はらへったみたい」

「そのぶんじゃほんとにただの風邪ね。すぐ治りそうでなにより」

「心配かけてごめんね」

「いうほど心配してないから、大丈夫」


 それよりもさ――なんて、いいかけて、電話の向こうの声が詰まる。お茶を濁すように。

 言いたいことはなんだってばさりと切るように言う沙羅が、こんな風に躊躇するなんて、珍しいことがあるもんだ。なんて、


「その、あんたの想い人のことなんだけど」

「……っ」


 電話の向こうから聞こえる声色は、いつになく真剣だった。それでも言うのを躊躇って、また、深刻そうに、あのさ、と繰り返す。しばらくして、沙羅の声がやっと次に繋がる。


「まさかとは思うけど、晃介、ちゃんと言ってるよね? 進路のこと」

「……なんで」

「いや、放課後、すごい顔した里央くんだっけ?その人がうちの教室きて」


 歯切れ悪く続く言葉に、悪い予感しかしなかった。


(うそ、だよな)


「晃介の机んなか入ってた単語帳見つけて、なんか、顔色がさっと変わったっていうか」


(すこしずつ、離れていこうとして、その中で自分から言えればいいと思ってた)


「あいつ、内部だよな、て、確認するみたいに言ってきて――」


(それなのに、こんなかたちで気づかれるなんて)


 あんまりだと、思った。深刻そうな向こうの声も、上手く聞こえない。


「なんか、すごい勢いで教室出てったんだけど――」


 まるで、はかったようなタイミングだった。玄関のチャイムが連続で鳴ったのは。今時小学生でもやらないような鳴り方で、何度も鳴らされる。

 文字通り、息を飲んだ。


「晃介?」


 様子がおかしいことに気づいたのか、向こうの伺うような声。ごめん、かけ直す、と、耳からスマフォを放した。鳴り続けるインターフォンを聞きながら、よろよろと立ちあがる。ふら、としたのは、風邪のせいだけじゃない。スリッパのまま玄関に手をついて、内鍵を開ける。

 インターフォンが鳴り止む。

 ドアを開こうと手をかけるその前に勢いよくそれが開いて、生ぬるい風と温かいオレンジの光に目を覆う。


「り、おう」

「どういうことだよ」


 あっという間に玄関まで入ってきたからだが、通せんぼするようにして、後ろ手で扉を閉める。おれの家だというのに勝手知ったる顔で内鍵までかける。

 見上げて、息を飲む。

 おれ、こいつのこんな顔見たことあったっけ?

 なんでそんな顔すんの。おれが苛めてるみたいじゃん。そんな辛そうな顔されたら、言いたくなるじゃん。おまえにとっておれって結構大切なわけ?て、うぬぼれるじゃんばか。



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あきゅろす。
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