18


「みか……うわっ」


 手当てとか言うからてっきり保健室に行くのかと思ったけれど、くぐらされたのは風紀と書かれたドア。だれもいない風紀室も、生徒会よりはましだけどそれなりに荒れているようだった。あまり綺麗じゃない。


「入れ、だれもいねえよ。昼休みだから……あー、五時間目始まったか」


 聞き慣れたチャイムに焦ったけれど、「今日はサボれ」との御影のご命令に逆らうことはできない。座らされたソファで御影がそばの棚からなにかを漁るのをぼんやりと見つめる。

 御影が取り出したのは応急処置用の救急箱だったみたいで、中のものを確認しながらぼくの左手を取った。


「赤いな。……利き手じゃなくてまあよかったが、痛いだろう」

「う、うん。大丈夫」


 御影が、ぼくの手をくるくると包帯で巻いて行く。手際がいい。御影って、ほんとうになんでもできるんだなあ。


「……どうした紘」


 首をぶんぶん振って、なんでもないと、言った。

 ちょきんと、余分な包帯を切って止める。緩くないかとかきつくないかとか痛いかとか色々聞かれたけれど、そのどれにも頷くだけだった。

 なぜだか、全然御影の目を見られない。前は平気だったのに。すきって、難しい。上手くいかない。


「紘、痛いのか」

「ちが……っ」


 ソファに座るぼくと目線を合わせるように床に片膝を立てて、僅かに見上げるような姿勢になった御影。目が合って、澄んだ深い双眸に吸い込まれる。そらせなくなる。


「ちがくて、ぼく」


 ぼくは知ってしまったんだ。自分の気持ちを。だけどどうやって御影に伝えたらいいのか、分からない。

 不意に御影が、大きな両手でぼくの両頬を挟み込む。真っ赤になるぼくに構うことなく、宝物でも扱うようにやさしく撫でられる。御影の熱を持った手が、ぼくの頬を撫でて、目頭に触れて、髪の毛を梳く。

 まるで、映画の俳優みたいにひとつひとつがさまになっていて、また、ぼくの心臓が暴れ出すんだ。


「さっきの紘、かっこよかった」


 ――――え。


「俯いて、ああ泣くなって思ったけど、違うのな。あんなにはっきり、すきなひとがいるなんて言うんだ」

「え、ええ……」


 まさかそれ聞いてたの!?


「さすが紘だ」

「御影……聞いてたの?」

「ああ」


 ええ!? てことはバレてる!? ぼくが御影のこと、色々ヤバい意味ですきってこと、バレてるの!?


(どどどどどうしよう! 御影軽蔑する!?)


「百面相だな」

「だって……」

「ほんとう、おまえは……」


 御影に後ろから背中を押されて、ぽすん、とその肩に顔が当たる。ぎゅう、と抱きしめられて、また、パニックになる。


「かわいい」


 なんて、耳元で言われたら、ぼくはもう死んでしまうのかもしれない。


「みかげ……知ってたの。ぼく、みかげのこと、すきって」

「ああ。おまえが自覚する前からな」

「う……」

「まあ、俺の方がオトす気満々だったってのもあるけど」

「う……?」


 それってどういう――。問い詰めようと顔を上げたぼくの唇に、いつの間にか近づいていた御影の顔が重なって。一瞬、ほんの一瞬。唇がかする。


「みか……っ」


 だけどそれはすぐにもう一度しっかりと重なって、言葉を紡ぐひまなく繰り返される。唇が触れあう音が、静かに風紀室に響いた。


「んう……っ」


(息が、できない)


 緊張と、焦燥で、呼吸すらままならないぼくから、ほんのすこしだけ御影が離れる。


「はあ、うう……御影、なんで――」

「後で話す。だからとりあえず解消させろ」

「ええ!?」

「紘不足。……とりあえず」


 まあ、鼻で息するんだな。

 そう言われて最後、また閉めた唇が降ってくる。パニックになって顔をそむけようとするのに、がっちりと回されていた御影の手が邪魔をする。

 すこしだけ開いた唇から御影の(……ええ!? これもしかして!?)が入ってきて、もうなにがなんだか分からない。


「ん、み……みかげ」

「ひろ」


 ――名前を呼んで。

 名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいなんて。

 口内を動き回る御影のそれに、思考がびりびりとキャパオーバーを知らせているのに、ぼくの手は無意識に御影のワイシャツを掴んでいる。ぎゅう、と。答えるように、御影の舌がぼくのそれといっそう深く絡む。


「んう……」


 なんだか、変な気分。頭の奥が、ぼんやりとしてくる。気持ち、いい。


「紘」


 唇を離すと、完全に力の抜け切ったぼくを、御影が抱きしめるように受け止めた。



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