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「……かわいすぎ、紘」

「え……」

「おい!! 聞いてるのか!! おれの話聞かないなんて最低だぞ!!」


 ぼくから目を逸らして真っ直ぐに喚き散らす長島くんを見る御影は、ぼくが見たことのない冷たい色を帯びていた。向けられていないというのに、ぞくりと、いいようのない恐怖が駆け抜ける。

 さすがの長島くんも、たじろいだらしい。


「な、なんだよ! おまえ! そんなんじゃだめだぞ! こっちこい! おまえも紘になんかたぶらかされたのか!?」

「うるさい」

「そうなのか!? 紘が悪いんだぞ!」

「うるさいと言っている」


 決して低い声ではなく、決して大きな声ではない。それなのに確かな重圧を持って、御影の声は食堂に響く。


「長島ひかる。……理事長との関わりは俺と副の真柴が調べ上げた。じきに処分もくだるだろうからそれまで大人しくしているといい。さんざんやってくれた風紀乱しも付加しておこう」

「な……っおまえ!! なんだよそれ!」

「おい宝生。そらどういうことだ。俺は聞いてねえぞ」

「……そうだ、会長さん」


 なにかを必死に喚いている長島くんからつまらなそうに視線をそらした御影が、氷点下の眼差しを今度は会長のほうに向ける。さっきまであんなにえらそうだった会長がすこしだけたじろいだ気がした。

 手が離れる。あっと思った瞬間には、御影がそばにあったコップを取って、会長の頭からさかさまにした。

 ぱしゃん、という音がして、瞠目した会長と冷ややかな御影の視線が交錯する。既に周りは、どんな音も立てていい状況ではないと判断したのか、いやなほど静まり返っている。


「紘にやってくれたからな。頭を冷やせ」

「宝生……」

「会長。俺はあのクソ転入生がここに来るまで、風紀の仕事なんてほとんどやっていなかった。目立つのも騒ぎ立てられるのもきらいだったから、適当にひっそり生活してた。おまえを信用していたからだ」

「……っ」

「おまえなら、この学校をまとめられると思って、すべてを一任したんだ。……俺の目は節穴だったみたいだがな」


 そこで初めて、会長は痛みを耐えるような苦々しい顔になった。喚き立てていた長島くんは、副会長と双子庶務に取り押さえられて口を塞がれているようだ。それでもまだバタバタと暴れている。

 真っ直ぐに会長を見つめる御影の双眸は、厳しくも学校をまとめる者の風格をなしている。ほんとうに、風紀委員長なんだ。


「おまえんところの会計が優秀でよかったな。やつが風紀や生徒たちからおまえらをフォローしていなければ、今頃全員リコール沙汰だ。感謝しろ」

「……」

「もっとも、これが続くようであれば、生徒のためにも会計のためにも俺と真柴が強制的に辞表をつきつけるが。……行くぞ、紘」


 すっかり掴むものをなくしてどうすればいいのか分からなく迷子になっていた手を、再び大きな手が包み込む。


 御影――。


 食堂を出ながら、目の前を歩く大きな背中が、すこしだけ涙で滲んだ。

 だって、あいたかった。ずっとずっとあいたかったんだ。

 久しぶりで緊張する、顔も、見られないかもしれない。すきって実感したばっかりだからかもしれないけれど、すごくすごく恥ずかしいんだ。

 これが、だれかをすきってことなんだ。



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あきゅろす。
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