15


(で、でかい)


 びりびりとした、威圧感。

 ふと、会長が食堂で出されるグラスを持っていることに気づく。さっき、長島くんを待っているときにくんでおいたものだろうか。それが重たげに上に持ち上げられたとき、反射的におぼくは、ああ、と思った。

 伝わらなかったんだ、きっと。


 ぱしゃん。


 頭からポタポタと垂れた、水のかおり。濡れた体で、表情ひとつ変えずにぼくの頭上でコップをさかさまにした会長をぼんやりと見つめた。


「だからなんだ、気持ち悪い野郎だな。……どっちにしろおまえは、薄汚れた存在でひかるに近づいたんだろうが」


 異次元の言葉みたいだ。

 ひたひたと頬をはう水滴を感じる。髪の毛の先から床に落ちる水音が、いやに静かな食堂に響いていた。


 ひたひたと頬をはう水の――。これは、水だ。


(やっぱり、ぼくじゃ、伝わらないんだ)


 水だ。水だ。

 床に染みを作るのを感じながらも、動けない。小指ひとつ、動かせない。


(ぼくじゃ――)


 ぼくは気づいていなかった。傍観者たちがこちらを注目しているにしては、やけに食堂全体が静まり返っていたということに。とりとめのない感情が、どんな思考も遮断していた。


 ――紘。


(あれ……)


 懐かしい声が聞こえた気がした。それは幾度となくかわした屋上での逢瀬の――。

 ゆったりとした足取りが、響くようにこちらへ向かってくる。


「紘、こっち向け」


 刹那、ぼくは、よく知っている、あまりにも振り切りがたい腕に、きつく後ろから抱きすくめられていた。


「え……」


 だれかと見間違えるはずない。

 ずっと覚えていたんだ。いつもいつも、なにかあるたびに無理矢理記憶から引きずり出していたんだ。間違えるはずがない。


「……み、かげ」

「酷いな、紘は。仕事で忙しい俺を見つけてくれない。やっとの思いで時間を見つけて屋上に行っても、癒してくれない。おかげでフラストレーションも爆発する」


 これは、どういう、こと?

 ぼくを抱きしめる腕が、体が、御影のものだということは分かる。でも、どうして――。


「宝生さま……」

「宝生さまだ! 何ヵ月ぶり!?」

「姿を現すのなんて、六十八日ぶりだよ!」

「ちょっと写真部邪魔!」

「うわあ……」


 ひそひそと、再び食堂がざわついている。今までうようよと泳いでいた視線が、一心にぼくの後ろの御影に突き刺さっているのが分かる。


 なに、御影は――。


「さすがは風紀委員長さま……めったに姿は見せないけど、ほんとうにかっこいい」


 フウキ、イインチョウ? え? ええ!?


 パニックになったぼくを置いてきぼりにして、そのまま御影がぎゅっと抱きしめてくる。


「なに考えてんだおまえ、おい」


 ていうか――急に、今の状況を思いめぐらす。ぼくのおなかに絡みつくこの手は、御影の。



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