12
*
あの日は結局、泣き止めないままとんでもない迷惑をかけることになってしまった。腫れぼったい目をこすりながら、昼休みのはじまりを知らせるチャイムと同時に生徒会室へ歩き出した。最近すこしずつ書類が減ってきたとはいえやはりふたりでやる量ではないから時間を要す。
昼休みが潰れることが苦だとは思わない。教室にいてもどうせひとりだし最悪長島くんにどこかへ連れて行かれるし、気が休まるわけじゃない。むしろ、生徒会室には水無瀬先輩と真柴先輩がいてくれるから、そっちのほうがいいんだ。
(結局、言えなかったなあ)
すきなひとがいるってこと。そのひとのことも、なにも。
というか御影のことをどうやって話そう。何年生かすらも分からないというのに。
扉の向こうから、やけに大きなカップの音がする。水無瀬先輩がコーヒーでもいれたのだろうか。
(今日も、来てる)
ひとりじゃない。ふたりが来ていることに、こんなにも安心する。
「おはようございます、水無瀬せんぱ――」
「あ――――!」
扉を開けた瞬間に目をそむけるような眩しさ。
「紘! おまえ最近昼休みになるとどっかいなくなるけど、ここにいたんだな!」
(嗚呼、なぜ)
どうして、長島くんがひとりでこんなところにいるのだろう。頭がスパークするみたいに、ちりちりと真っ白になる。
指先が震えるのが分かった。
手元にあった長島くんのいれたのだろうコーヒーは失敗したのか一回溢れてしまったのだろう、外側がべっとりと汚れていた。そのコーヒーが、未提出の書類の上に置かれている。
「あ……」
慌てて腕を伸ばして、ほとんど取り上げるように長島くんからコーヒーカップを取る。それはいつもぼくが使っていたカップのがらだった。
やっぱり……書類が汚れてしまっている。
「おい紘! 聞けよ! おれの話無視するなんて最低だぞ!!」
「ごめ……うわっ」
後ろからあの力強い手で腕を捻るように掴まれて、コーヒーを持つ手が揺れる。傾くのが分かって、(落ちる、書類が……っ)と思うと同時にほとんど反射的にその手を書類から遠ざけようと傾けた。
手の上にかかるコーヒーは、いれたてだったのだろう。
「……っ」
左手を、じりじりとした痛みのような熱さが流れる。同時に、がっしゃん、と音を立てえカップが落下した。
「おまえが悪いんだぞ! おまえが落とすから! しょうがないやつだな!」
(ぼくが、使っていたカップ)
粉々に散ってしまったそれに、じわりと涙が浮かんだ。手が、じんじんと熱を帯びる。痛い。
砕けたカップがぼくそのものみたいに、怖い。長島くんは、ぼくのすべてを奪って、壊していくから。
「そうだ! おれこれからあいつらと食堂行くから!! 紘も来いよ!」
あいつら――。
仕事をしない生徒会役員たちだろうか。
(いやだ、いやだよ)
声が出ない。右手をぎゅっと掴まれて、引きずられるように生徒会室から出される。振り向くと、割れたカップと、黒々と床を汚すコーヒー。
水無瀬先輩……真柴先輩……。
ひりひりとこげるような痛みを伴った左手を、ほとんど無意識的に生徒会室へ伸ばす。
たすけて。
御影。
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