novel
日番谷隊長の受難
2.身近な落とし穴(十番隊)







「松本副隊長」
「なに?……あら、ネムじゃない。どうしたの?」
「頼まれていたものが完成しましたので渡しに参りました」
隊舎の廊下で呼び止められて、手にしたモノ。小瓶に入ったそれを見て、にんまりと乱菊は笑みを浮かべた。
――自らの身に危険が迫っていることを彼は知らない。


*******



「ただいま戻りましたー」
「遅ぇぞ松本!一体どこで道草食ってやがった!?」
「隊長、そんな怒らないで下さいよぅ。おっきくなれませんよ?」
「これが怒らずにいられるか!つうか背は関係ないだろ!!」
言いながら日番谷が示したのは、隊主机に積み上がった大量の書類。ちなみに乱菊の机にも同等以上の書類が積み上がっているが、乱菊がそれを気にすることはない。
「まぁまぁ。あたしお茶淹れますねー」
「……それが免罪符になると思うなよ」
少し柔らかくなった日番谷の声に少し笑う。何だかんだで彼は優しい。
乱菊は給湯室に入って、いつもの手順でお茶を淹れる。日番谷の好みは少し濃い目。お茶っ葉の蒸らし具合もバッチリだ。
仕上げに、と懐から出したのは先ほどの小瓶。ネムには数滴垂らすと言われていたので二回振った。――多く使わなかったのは隊務が滞り自分に被害が降りかかるのを危惧したためである。
「はい、隊長。どうぞ」
「ああ」
淹れた茶にお茶請けを添えて、日番谷の机の端に置く。日番谷は書類から顔を上げないまま生返事を返した。
執務室の中央にあつらえたソファに腰掛け、自分用に淹れた茶(当然、薬は入れていない)を飲みながら乱菊は横目で日番谷の様子をこっそり伺う。


日番谷が茶を手に取り口をつけ、
――次の瞬間、机の上に倒れた。


「……隊長?」
返事はない。
乱菊は懐の小瓶を取り出して眺めた。
「しっかしよく効くわねコレ……一瞬だったわよ」
瓶のラベルには『象でもコロリ!強力睡眠薬』の文字。
(コロリって……まさか死んでないわよね)
にわかに心配になり、そっと机に近づく。
日番谷は熟睡しているようで、乱菊が近づいても起きる気配はまるでない。いつもの昼寝であれば乱菊が近づけば日番谷はすぐさま目を覚ます。そうでなければ隊長格などやっていられないのだろうが。
そっと手を口元に近づけてみると確かに息を感じて、乱菊はため息をついた。――薬を作った場所が場所だけに冷や汗ものだ。
(こうして見ると、かわいいもんねー……)
日番谷が起きていたら確実に怒鳴られそうなことを考える。実際、いつも眉間に寄せられた皺がなく、無防備な寝姿は年相応に見える。
「さぁて、と……」
日番谷の寝顔を堪能するのもそこそこに、乱菊は任務を達成するため密かに気合いを入れた。
そうっと日番谷を抱き上げ、ソファに横たえる。かなり恐る恐るだったがこれでもやはり日番谷が起きる気配はなく、さすがは技術開発局特製だと感心する。


クマのぬいぐるみを日番谷が抱くように配置して、
激写!


……乱菊は満足気に微笑んだ。


*******



「……ん、……んぅ」
深く沈んでいた意識が浮上する。
日番谷は心地よい眠りから目覚め――目覚め?
(って何で寝てんだ俺!?)
ガバッと勢いよく跳ね起きる。拍子に自分にかけられてらしい毛布がずり落ちた。
「あ、隊長、起きました?」
副官の声に、日番谷は一気に現実に引き戻された。
「松本テメェ!茶に何盛りやがった!?」
「盛るだなんて失礼ですよ隊長。ただ、ちょーっと、眠ってもらっただけです」
「要は睡眠薬を入れたんだろうが!盛る以外に何て言い方があるんだ!?というか仮にも一応副隊長が隊長に一服盛るか!?」
「だからひどいですってばぁ……隊長、最近仕事ばっかで趣味のお昼寝すらあんまりできてないじゃないですか。だからちょっと休ませてあげたいなぁっていう副官心ですよぅ」
あまりにらしくない殊勝な言葉に日番谷は目を剥く。俺がまともに睡眠を取れないのは誰のせいだと思いつつ机を見れば、いつもうず高く積まれている乱菊の机の書類は大部分は片付いている。
(――何の天変地異の前触れだ)
日番谷は失礼にもそう思った。だが仕事が減り休息を取れたのも事実なので一応礼を言う。
「……悪いな」
「いいんですよう!お礼は晩御飯奢り呑み付きで」
「それが目的か!!」
怒鳴りながらも、乱菊らしい返答に日番谷は内心ホッとした。乱菊に感謝さえしたのだ。

――その場その時は。


*******



「ちィーッス。九番隊檜佐木ッス。瀞霊廷通信の今月号、お持ちしましたー」
「あぁ、わざわざすまない」
「いえ」
手渡された瀞霊廷通信を、休憩がてら何の気なしに頁をめくり――……沈黙。

「何だこりゃあ!?」
珍しく素頓狂な声を出しても無理はないと思いたい。
目次には、『付録・女性死神協会特製トレーディングカード・ウルトラレア・日番谷冬獅郎・寝姿』の字が、デカデカと。
「…………ッ!!」
編集者の修兵が見たら泣き崩れそうなくらい手荒くビリビリと付録の紙を破る。
中から出てきたのは、見覚えのないクマのぬいぐるみを抱いて寝ている自分の姿――……。



「…………松本ぉぉぉ!!!!!」
十番隊隊舎全体に、日番谷の力一杯の怒声が響き渡った。



――その声に、一部の事情を知る女性隊員は苦労性の隊主を思って涙したとかしないとか。






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あきゅろす。
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