novel
戦場の舞姫に恋をした
※戦国パロ







「かかれ―――っっ!!」
日番谷の令と共に、地の底から響くようなときの声と共に一軍が動き出した。
先頭を、剣をかざし引くのは日番谷だ。翡翠の瞳はまっすぐに敵を見据え、兜からわずかにこぼれる銀髪がキラリと陽光に輝く。

不意に一人の騎馬が、後ろから駆けてきて日番谷の隣に並んだ。そのまま追い越し相手の軍に突っ込んで行く。
他の者より細身の剣、軽めの鎧。見間違うはずがない、あれは。
「松本!」
呼んだ日番谷の声に、一瞬振り向く。
兜に隠されて見えない彼女の紅唇がつりあがり笑った、のを日番谷は確かに感じた。

「待て!!」
しかしその声に頓着することなく、彼女――今はどう見ても「彼」だが――は敵に単体のまま突っ込んでいった。
だが乱菊は死にいったわけではなく、囲まれながらも次々と敵を地に伏せていく。細身の剣をいっそ優雅とも言えるほどに操る姿は、まるで――、
……戦場に舞う、戦姫。

「ちっ」
日番谷は舌打ちして、馬に鞭をくれて速度を上げた。
「続け―――っっ!!」
おぉーっ、という声を背後に、全体の速度が上がる。
日番谷もそのまま敵に突っ込んだ。

「松本っ!」
乱菊の背後から切りかかろうとしていた敵を切り捨て隣に馬を付ける。
「馬鹿野郎、どうして勝手に突っ込んだ!!」
だが乱菊は答えない。――答えられない。
血気盛んな男だけの戦場で、その性別を知られることはすなわち死よりも辛い目に合わされることを意味する。
答えの代わりに、乱菊はまた日番谷の前の敵を一人斬った。

――どうして単騎で突っ込んだかなんて、本当はわかりすぎるほどわかっている。

「くそっ!」
悪態をつき、乱菊の隣を空け彼女が襲われることのないよう、そして彼女の邪魔にならないよう気を付けながら日番谷は目の前の敵に切りかかっていった。


カキィン!


硬質な音を立てて、振り下ろされた剣を跳ね上げる。
返す刀で鎧兜に覆われていない部分――首――を狙って剣を向ける。
ざくり、手に重い手応え。
兜をつけたままの首が、宙を飛んだ。
首の飛んだ先を目で追って――青い空が目に入る。

(――ああ、今日の空はおまえの瞳と同じ色だな)
兜に隠されて見えないのが残念だと思った。


*******



城の大広間には酒の匂いが充満している。集った兵士達は皆浴びるほどに酒を飲み、あちこちでへべれけになった男達が騒いでいる。
――今宵は、勝利の宴だ。
周りの喧騒とは逆に、日番谷の周辺は静寂に満ちていた。
「お舘様」
男童に促され、日番谷は空になった杯を差し出した。杯に並々酒がつがれ、一気にそれを飲み干す。喉を通る熱い液体。
空になった杯に再び男童が酒をつごうとしたのを制して、日番谷は立ち上がる。
「俺は席を外す。皆は楽しんでいてくれ」
途端に上がった威勢の良い声に、日番谷はあらためて勝利を噛み締め微笑んだ。





宴の騒ぎとは切り離されたような静寂を纏い、ひっそりとした離れに彼女はいる。
「乱、入るぞ」
声をかけ、襖を引いて入る。
月に浮かび上がる人影は入口に背を向けていて、日番谷が入ると振り向いた。

「冬獅郎様」
口元に添えられていたのは――杯。
「おまえ、一人で飲んでたのかよ……」
思わず日番谷が脱力すると、乱菊は悪びれるそぶりもなくのたまった。
「だって宴に呼んでくれないんですもん」
「たりめェだ。テメェを宴に出したらどうなると思ってやがる」
「そんな連中返り討ちにしますから心配ないのに」
それでも心配だからだ――と言うのは気恥ずかしく憚られて、ごまかすようにどっかと隣に腰を下ろした。
するとどこからか乱菊はもう一つ杯を取り出して、日番谷の分をそそぐ。

「悪ぃな」
「いいえ」
乱菊は相当な酒好きだ。そんな彼女が有する酒は自然と名酒が多くなる。
トロリとした、濃いが口当たりの良い酒を味わうように流し込む。
ふとそこで乱菊の視線を感じた。

「……何だ?」
「いえ、冬獅郎様がお酒を飲んでるところって色っぽいなーって」
「何バカなこと言ってやがる……」
「ホントですよ?こう、喉仏がゴクゴクって動いて」
「ああそうかよ」
まったくコイツは戦場との落差が激しいヤツだ――と思いながら日番谷はもう一つ杯を干した。

「乱」
「はい?」
「もう二度とあんな真似するなよ」
「嫌です」
即答。
ピキリと青筋が立ったのを日番谷は感じた。

「するな、って言ってんだ」
「い・や・で・す。だいたいああすることで、全体の士気が上がったでしょう?」
「…………」
否定できなくて思わず黙り込む。
先頭に立つ指揮官など稀だ。自らの身を危険にさらし指揮官が先頭に立って戦うことによって士気が格段に上がる。
乱菊が日番谷の妾だということは誰もが知っている。日番谷が大切にしている彼女が先頭で戦うということはそれと同等の価値があった。
ふと、肩に温もりを感じて杯を干す手を止める。
乱菊が肩に両手を回し、しなだれかかるように抱きついていた。

「だいじょぶですよぅ。あたしはあなたを置いて死ぬような真似は絶対にしません」
思わず弱音を吐きたくなったのは、その温もりがあまりに心地よかったからかもしれない。
乱菊の肩口に顔を埋め、不安を消すように強く強く彼女を抱きしめた。

「……心配なんだ、よ」
「あなたがあたしのことを心配してくれてるのはよく知ってます。でもあたしは戦いたいんです」
「……どうして」
戦う女など乱菊の他に聞いたことがない。普通女は着飾り、城で安穏と主を待つものだというのに。


「あたしがあなたと一緒にいたいからです」
乱菊の手が背中に回されて、抱き返される。


「何にもしないで城で待っていて、冬獅郎様が今にも死んでるかもしれないなんてヤキモキするのは絶対に嫌。
――置いていかれるなんて絶対に嫌。あたしがあなたを死なせない。もし冬獅郎様が死んだなら、あたしもその場で一緒に死にます」
「どこまででも一緒です。それこそ地獄まで」


凛とした強さ。誇り高く美しい微笑み。
ああ俺はこの女のこういう所に惚れたのだと――改めて思い出した。

「選んだ女が悪かったですね。あたしはただ守られるだけの女じゃありません」
「……この野郎」
「まぁこんな美女を捕まえて野郎だなんて」
茶化して笑った乱菊の存在を確かめるように、強く抱きしめて口付けた。






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