novel
ツナガリ
「ありがとう、雛森くん」
思い出すのはあたたかい声。
すべてをささげた、ひと。
「さようなら」
白銀の刃が迫って、





「…………っっ!!!!」
雛森は跳ね起きた。まだ夜中、辺りは暗く静かだ。
「ハッ、ハ……ハッ……」
耳に痛いくらいの静寂の中、やたら自分の息の音がうるさい。
「ハッ……」
嘲笑ともつかない吐息がこぼれた。
袷の部分をきつく握っていたことに気づく。
白い単衣。――死覇装ではなく。
ようやっと落ち着いた雛森は、ベッドの横に置かれた机の上の水差しを取り、コップを満たす。そのままグイッとあおって干した。
「はぁ……」
握った袷。その下には包帯が覗く。
その下にあるのは、傷。刺傷だ。かなり大きいもの。――当たり前だ、あの刃は雛森の体を貫通したのだから。


傷が、ある。


「ふぅ……」
わざと大きく息をつき、雛森は再びベッドに横になった。ふかふかした布団をかぶる。頭の上まで、深く。
ここは、四番隊総合救護詰所。雛森の隊舎ではない。
(あたしの隊舎……?)
斬魄刀は取り上げられた。五番隊副隊長の地位は休職中。
居場所?そんなのどこにもない。
『雛森くん』
あたしをそう呼ぶ、あの人の傍ら。そこがあたしの居場所。
死ぬ気で努力して這い上がった。副官章をもらったあの時の喜びは今も鮮やかに覚えている。片腕になれたと、思っていた。彼の役に立っていると。


傷が、ある。


深々と、胸に。
この傷は、消せるのだという。だけど、断った。
困惑した虎徹副隊長の顔を思い出す。あの優しい人は雛森を案じてくれていたのに。
わかっているけれど、それでも。消したく、ない。
それは今の雛森のすべてだ。
彼の片腕という立場を失った雛森の、彼と繋がっていられるたったひとつの。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ消しちゃダメだ。消させやしない!
「藍染、隊長……」
この身に残された、たったひとつの繋がり。
「ど、…して……」
彼のためなら何でもした。
彼の言葉ならなんだって信じた。
彼の行く先ならどこへだってついていった。
なのに。なのに。どうして。どうして。
あたしはどうすればよかったのだ。
どうすれば、


傷が、ある。


膿んでジクジクと刺す痛み。痛むのはどこか。体か。それとも?


も う な に も


*******



「やめろ雛森!雛森ッ!!」
日番谷くんの必死な声がする。
あたしが振り向けば、日番谷くんはちょっとホッとしたようだった。いつも大人びた顔をしているけど、そういう顔をするとなんだか子供みたいだ。潤林安にいた日々を思い出す。
あたしに伸ばした日番谷くんの手。いつだったか触った時、剣ダコができていたっけ。ふくふくしてやわらかい子供の手をしてたのに、昔は。


ねぇ長い間あたし達は一緒にいたね。


「ありがとう、シロちゃん」
「……雛森?雛森!雛森っっ!!!!」
あたしはもう振り向かない。
狂ったようにあたしの名前を呼ぶ日番谷くん。昔みたいに桃って呼んではくれないのね。
あたし達はずいぶん遠くまで来たみたいだ。ずっと繋いでた手。そろそろ離しても、いいでしょう?

「さぁ、行こうか、雛森くん」
「はい、藍染隊長」
あたしの、すべて。







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