彩雲国小説
愛し君へ
※にょた 終日君印の続き





「楸瑛ッ!」
この世で一番大好きな、しかし剣呑な声に名前を呼ばれて楸瑛は振り返った。
「どうしたの、絳攸?また迷った?」
「何度も言うが断じて私は迷ってなどいない!」
バタンと大きな音をたてて威勢良く執務室の扉を開けた絳攸は、まっすぐ楸瑛を目指してつかつかと歩み寄って来る。
折り良くと言うか折悪しくと言うか、主上は今出払っていて二人きりだ。
「ふざけるな貴様!!」
胸ぐらを掴みあげた絳攸に楸瑛は首を傾げた。……これほど怒らせるようなことを何かしただろうか。
「何かあった?」
「『何かあった?』じゃない!」
楸瑛は怒りに憤る絳攸をなだめすかして事情を聞き出した。

「……なるほどね」
さぞかしかわいい反応をしたんだろうなぁ、と思うとそれを見た欧陽侍郎がうらやましい。
まぁ、こうやって顔を真っ赤にさせて怒る顔もかわいい――しかし絳攸が楸瑛に見せてくれるのはその大半が怒り顔だ――のだが。
「みっともないとか言われたんぞ貴様のせいで!」
「そうか、それはすまなかったね。……これが欧陽侍郎にもらった紅?」
「あ、ああ。そうだが」
突然話題を変えた楸瑛に絳攸は拍子抜けしたように頷いた。絳攸が手にしたそれは、瀟洒な細工がほどこされ趣味が良く、さすがに工部の次官、碧門欧陽家の一員である欧陽侍郎、というところだ。
しかし他の男からの贈り物というところが気に食わない。

「それじゃあ私が塗り直してあげよう」
楸瑛は絳攸の手から取り上げ、ふたを開けた。
小指の先で紅をすくって、絳攸の薄いくちびるにそっと乗せていく。
「……っ」
絳攸は睫を震わせ、楸瑛から目を逸らした。
(まずい、これは……)
指先に触れるやわらかなくちびる。ほんのり顔を赤らめ、気恥ずかしさからか目を伏せた絳攸は、楸瑛の視線の高さから見るとまるで目を瞑っているように見える。



まるで――口付けを乞うように。



「……ッ!!」
細い手首を引き寄せて、腕の中に閉じこめる。
小さな頭の後ろ側に手を回し、反対側の手で絳攸の顎を持ち――文句が飛び出してくる前にその赤いくちびるをふさいだ。

つけたばかりの紅を舐めとって、口腔に侵入して犯す。奥に逃げようとする舌をとらえて絡めれば、苦しそうな、けれど甘い吐息がこぼれた。
「ん…っ…、……っあ」
普段は決して聞けないその甘い声に背中がぞくりと粟立つ。ぎこちなく、本当にぎこちなく――最近やり方を覚えたばかりの絳攸が応えたのに合わせて動きを激しくしていく。
「はっ……んーっ……んぅ」
くいっと服を引っ張るのは、苦しいという合図だ。楸瑛は名残惜しく思いながらも絳攸を解放した。

「……ぷはっ」
絳攸は大きく息をついて、くたりと腰が砕けたところを楸瑛はすかさず支えた。
絳攸は頬を赤く染め、生理的なものか、少し涙で潤んだ瞳でうらみがましくにらみあげてくる。その様子にぐっと来るものをこらえつつ、楸瑛は剣呑なまなざしを向けてくる絳攸に苦笑した。

「……意味ないじゃないか、バカ」
ぽつりとつぶやかれた言葉もやはりうらみがましい。
「うん、そうだね。ごめん」
謝って、抱きしめた腕に力を入れる。絳攸は体の力を抜いて、トン、と頭を楸瑛の胸に預けた。


「ばか」


その言葉は二人きりの執務室に、甘く、――とても甘く響いた。






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