彩雲国小説
終日君印
※にょた





「李侍郎」
例によって例のごとく絶賛迷子中だった絳攸はその声に振り向いた。
「欧陽侍郎」
ホッとして――ついで、部署違いの同僚の厳しい顔に首を傾げる。何かした覚えはないのだが。

「欧陽侍郎、どちらへ……?」
「主上の執務室へ伺うところですがそれより!」
一息で怒鳴られて絳攸はぎゅっと身をすくめた。欧陽侍郎が近づいてきて――その手が伸ばされて思わず首を縮めて目を閉じる。

「簪が曲がっています、侍郎たる者ちゃんとなさい!だいたいなんですかこの簪は。地味すぎます。せっかく見場がいいんですからどうせならもっと映えるものをつけなさいケチくさい」
頭に触れる感触にそっと瞳を開けると、目の前にしっかりと火熨斗を当てた欧陽侍郎の官服があった。
「す、すみません……」
地味なのは事実なので絳攸はただただ首をすくめて謝った。それにしてもケチくさいって。
「はい、これでよろしい」
「ありがとうございます」
手で触れて確認してみると、ずいぶん複雑な結い方に様変わりしている。自分でしないはずの女の髪の結い方をここまで極めている理由が謎だ。

「それから」
まだあるのかと再び身をすくめた絳攸に、欧陽侍郎はずいっと手を差し出した。
その手のひらには瀟洒な細工の小さな入れ物がある。
「紅です。かすれていてみっともないですよ。差し上げますから塗り直しなさい」
「……ありがとうございます……」
どうしてそんなものを持っているのかと内心疑問に思いつつ絳攸は素直に受け取った。

それにしても、と首を傾げる。朝餉以降何も食べていないし、かすれるようなことは何も――……。
「……………………ッッ!!」
原因に思い当たって、思わず絳攸は唇を手で押さえた。かあっと顔に熱が集まるのがわかる。
原因と、その原因になった男と共に、――そこに触れたやわらかな感触までまざまざと思い出して、絳攸はさらに赤くなった。





(……また彼ですか)
顔を真っ赤にしてうろたえている絳攸を見ながら、欧陽侍郎はため息をついた。
このうろたえようでは何があったか言っているようなものだ。
これを聞いたら怒るだろうな、と彼女を手塩にかけて育てかわいがっている友人を思い浮かべ、欧陽侍郎はもうひとつため息をついた。








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あきゅろす。
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