ねぇ、ホラ神様、早く / 土方






遠くに行こうよ、知っている人がいないくらい。
何時もは渋るはずなのに、何故だろう、
この時だけは頷いてしまったのは。


久しぶりのデート。
久しぶりの遠出。
朝早くに駅前で待ち合わせして、
学校と逆方向に向かう電車に乗り込む。
夏休みの平日で、なおかつ
市内から離れていくわけだから、
人はいつもの満員電車が嘘のように少ない。

一応、駅五つ分だけ離れて座っていたが、
暫くすると稀有が隣に移動して来た。
真っ青なロングTシャツに黒い膝下スパッツ。
足には低めの白いミュール。
さらけ出した両腕が、青に映えて
いっそう白さが引き立つ。
かくいう俺は、黒いTシャツに
白いシャツを羽織り、
ジーパンとスニーカーいう、
至ってシンプルな恰好。
ひとつ学校と違うのは、赤フレームの
眼鏡をかけていることか。
稀有の前ですら初めてかけたから、
『別人みたい』と言われてしまった。

「すごい…こっちにこんなに遠く来たのは、
初めてだよ。」

何時間電車に揺られたか。
窓の外を見ながら、稀有が嬉しそうにいう。
気付けば、車内には二人だけで、
とっくに俺達の生活圏から抜け出していた。

「ねぇ、トシ。」

二人きりの時、稀有は俺をあだ名で呼ぶ。
ちゃんと名前で呼ぶのは、
高校を出てからのお楽しみだそうだ。

「手、繋いでいい?」

返事をするかわりに、
小さな手を取り、指を絡める。
顔を赤くして、嬉しそうに笑う稀有。
思わず、こっちまで赤くなって来た。

真っ暗なトンネルを抜けると、
きらきらと光の粒。
向かいの窓の向こう、真っ青な海が、
光を放ちながら広がっていた。

「わー!!トシ、海!海!!
ね、次の駅で降りようっ!?」

興奮気味の稀有の要望通り、
名前も知らない駅で電車を降りた。
一つだけあった自販機で、
何本か飲み物を買い、そのまま坂を下る。
辺りに人の住んでる気配はなくて、
こぢまんりとした砂浜と、
いい感じで影になっている岩場と、
あとは海だけ。

「ほんと、スゲェな。別世界みてぇ…。」

「あははは!相変わらず、ロマンチストだね!!」

「うるせー。」

買ってきた飲み物が温まらねぇように、
岩場の中の凹みに溜まっていた海水に浸す。
ついでに、濡れたら困る物と上着、
あと稀有の鞄を置くと、
俺達は再び浜へ出た。

「あ、ここって駅からも見えないんだ。」

稀有の視線の先を辿ると、
確かに駅から歩いて来た方角だが、
竹やぶが生い茂っていて、全く見えなかった。

「じゃ、泳いでも大丈夫だね!」

「ばっ……おま、大丈夫なわけねーだろ!」

「平気だって。トシしかいないし。」

「じゃなくて、服……あーあ。」

言っている隙に、すでに稀有は海の中。
楽しそうに笑い声を上げながら、
浮かんだり潜ったり泳いだりしてやがる。

「ほらトシ!さっさとおいでよ。」

「あー……俺ぁいい、ってどわっ!?」

波打ち際にいた俺の手を
急に引っ張るもんだから、
踏み止まることすら出来ずに、気付けば海の中。
海面から顔を上げれば、
稀有が大声を上げて笑っている。

「てめぇ、何しやがる!!」

「あははっ、バーカバー…きゃあっ!?」

「はっ、ざまーみろ!」

「ちょっと!!可愛い彼女に
水かけるなんて、サイテー!」

「おわっ!?…っ、自分の彼氏
海に引きずり込んだ女が、何いいやがる!」

ガキみてえなことが、あまりにも楽しくて。
ずっと馬鹿みたいに、大声で笑いあう。
気付けば、だんだん太陽は傾き出して、
そろそろ帰んなきゃいけねーことを知らせた。

「稀有ー?」

「んー?」

砂浜に上がって一服している俺を、
膝辺りまで海に浸かったまま
稀有は振り向いた。
びしょ濡れのせいで、服が肌に張り付いて、
ボディラインが丸わかりになる。
………相変わらず、細ぇ体。

「そろそろ帰んねぇと、日が暮れるぞ。」

「そうだねー。」

笑って返事をしながら、
一向に上がろうとしない。
二、三度呼び掛けても反応しないので、
申しばらく待ってみることにした。

「…ねぇ、トシ。」

「おー。」

「何で、私は高校生なのかなぁー。」

「………あ?」

「……何で、トシは先生なのかなぁ?」

「……稀有?」

「後半年か、…長いなぁ。」

稀有の肩が、微かに震えていた。
再び海まで入り振り向かせると、
泣きそうな顔で、それでも笑っていた。

「先生と生徒って、何でこんなに
悲しんだろうね。」

そういって稀有が笑った瞬間、
涙がひとつ、零れた。
思わず、堪らなくなって抱きしめた。
腕の中から聞こえる、小さな鳴咽。
辛い、だなんて当たり前だったろう。
そりゃそうだ、コイツはまだ高校生だぞ?
周りの奴みたいに、
普通の恋愛がしたいに決まってる。
なのに一緒にいてやれるときなんて短くて、
それでもこいつはいつも笑ってて。

「困らせるようなこと言って、ごめんね。」

「でも、大好きだから、
もっと一緒にいたいって思ったの。」

「わがままな彼女で、ごめんね?」

わがままなもんか。
16歳の、女子高生の、
世間一般的な考えじゃねーか。

「……悪ぃ、」

「っ…や、やだ、何でトシが謝るのさ!」

「ごめんな?もう少しだけ、待ってくれ。」

「だから、トシは悪くな…っ」

「春になったら、二人で、手ぇ繋いで、」

「っ……、」

「堂々と付き合ってるって、
見せ付けてやろうぜ。」

「……うん、っ」

泣きながら、笑う稀有は最高に可愛くて、
思わず抱きしめる腕に、力を込める。
夕日が照らす中、二人しかいない海で、
俺達は未来を誓い合うように、
静かに唇を重ね合った。






ねぇ、ホラ神様、早く
(春が来たら、沢山の幸せと笑顔をあげるよ。)


<後書き>
だから、だから、もう少しだけ待ってて。




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あきゅろす。
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