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流されるままに…
今日は何時もよりも早く仕事が終わった。
理由を上げるとしたら俺が毎日学校を休んでまで仕事に精を出していたからと言うのが正しいだろう。
今日の仕事で区切りが付いたから明日は学校に顔を出せるかもしれない、と俺は帰って来たばかりの自室の椅子に腰を降ろして深い溜息をついた。
眼が疲れていたためにこめかみを押さえて瞳を閉じる。
暗闇とは呼べないが闇とは呼べるかもしれない空間でしばし何も考えずにいようとしたのだが、勝手過ぎる思考回路は何故か奴を思い出して更に頭痛を引き起こした。
「ちっ……」
小さな舌打ち。
瞼の裏にちらついたのは白髪で普段は大人しいくせに、変なオカルトグッズのせいで急激に変貌するクラスメイト。
二重人格の裏側と思って居るが、果たしてそれが正解かどうか……まぁ、そんなことはどうでも良いのだが。
何故奴がちらつく、と俺は再度溜め息を漏らした。
「……下らん」
言葉を吐き、降ろして居た腰をあげる。
さっさと寝てしまおう。
明日学校に行くなら尚更だ。
俺は机に放り出して居た上着を持ってクローゼットを開けた。
上着をしまい終わった所で、一番近くの窓が音を立てる。
「……?」
此所は二階……気のせいか?
そう思った矢先、再度堅い音が二回。
「ノック……?」
不思議に思いカーテンを開ける。
そして勢い良くまたしめた。
「しゃちょー!! なんだよやっぱ居るんじゃねーか! 此所開けろよー!」
ガタガタと窓ガラスが揺れる音と葉ががさがさと騒がしい音を立てた。
「しゃちょー!! しゃちょーってばー!!」
「喧しい!!」
絶え切れずカーテンをずらし窓を開ければ転がり込んで来る男。
「っテェ……んだよ社長、こういう時は愛を持って受け止めるもんじゃねぇか?」
床に胡座で俺を見上げて来る白髪の男。獏良了の裏の人格、バクラ。
「何用だ騒々しい。しかも窓から」
俺が睨み付けてそう言えば、奴はにやりと笑って立ち上がる。
「何って……愛しの社長にわざわざ逢いに来たんだぜ?」
すっ、と頬に伸ばして来た手から逃れ、俺は鼻で笑って扉を指差した。
「それは御苦労。帰りはあっちから帰れ。木が痛む」
「うっわ超ヒデェ! 俺サマ頑張って登ったってのによー!」
そう。この男はあろう事か庭の木を登り窓から侵入する事を選んだのだ。(まぁ時間が時間なのだから普通に来た所で門前払いだろうがな。)

「俺はやっと今日仕事に区切りがついたんだ。話なら明日学校で聞いてやる」
「あら?」
「……なんだ」
余りにも間の抜けたバクラの返答に、俺は眉間に皺を寄せる。
「明日確か休みだぜ? 振替休日とか言う奴……昼間宿主様達が話してたしよ」
「振替……?」
そういえば先週の日曜、学校の方で何か在ったらしいが……それの振替か?
「ヒャハハハハ! 言わずに居たら社長一人制服で登校だったのな!」
「……その口塞いでやろうか」
「社長の口でなら大歓迎!」
自らの唇を押さえ、バクラはにんまりと笑って見せた。
そして俺は溜め息を一つ。
「……しゃちょー?」
すすす、と近寄って来たバクラは俺の顔を下から覗き込む。

俺が奴を見ると、奴はそのまま顔を近づけて来たので俺は流される前に、と奴の顔を命一杯押し返した。
「イデデ……社長! 社長! 首! 首がやばい方向くから! 痛い痛い!」
「選べ」
「はぃ?」
「俺に窓から放り出されるか、俺が呼ぶSPに追い出されるか」
「……朝まで一緒のコースはないんでしょーか」
「無い」
「……即答っすか」
頭を掻いて奴はしばし悩む。俺は腕を組んで其処に仁王立ち。
「……んー……しゃーないか。んじゃ、とりあえず扉からご帰宅って事で」
「……は?」
予想外の返答に今度は俺が間の抜けた声を漏らした。こいつの事だ、何を言っても此処にいるつもりだろうと思っていたのだが……。
「何よ? 自分で帰れって言ったんじゃん」
「そ、それはそうだが……」
「……何々? やっぱ一緒にいて欲しーんじゃないの? 社長」
下から俺を見上げ、バクラはにんまりと嬉しそうに笑う。
「馬鹿を言うな、清々するわ!」
「ふーん……その割に、」
ふっと伸ばされた手から、今度は何故か逃れることが出来ずにいた。
「顔、赤いけど?」
「っ……!」
頬を撫でる手が少しばかりまだ冷たい。

寒い中自宅から此処まで来たのだ。
手だって冷えるだろう。
「あー……うん、ちょっとだけ、」
「は?」
何を、と言う前に俺よりも小さい奴に抱きすくめられた。10センチも差がある相手に、だ。
「な、何して……」
「うーん、久々の社長だー……宿主様ってばよ、社長が居ないならってんで俺サマの事全然表に出してくんねーんだもんよ! ずーっと精神世界で一人だぜ? つまんねーっつの。だから宿主様寝るまで待ってから身体かっぱらって此処まで来たんだぜ?」
ぎゅうと抱きついてくるバクラは耳元でぼんやりとそんな事を呟きながら俺の髪を撫でる。

でもま、社長がイヤだっつーんなら仕方ねぇし?休み久々なんだろ?」
「あ、あぁ……まぁ、な」
問われ、髪を撫でられる感覚にぼんやりしていた俺は慌てて返答を返した。
「俺サマが此処泊まったら明らか明日足腰たたねぇもんなぁ……それじゃ社長休めねーっしょ」
何をする気だったんだ奴は、と内心で毒づいた。(と言うよりは今更かもしれないが。)
「だから、今日はこれで満足することにする」
と、奴は俺の両頬を包み込んで啄ばむ様なキスをした。
「うーん、俺サマっては超優しー」
不意をつかれた俺はされるがままだった。
「んじゃ、とりあえず扉からって事で」
ひらひらと手を振ってバクラはすたすたと扉へ向かって歩を進めた。
俺は咄嗟にその離れていく服の端を掴む。
「社長?」
驚いた様に振り向くバクラ。むしろ俺の方が驚いた。最近この身体は使いすぎたのだろうな、勝手な事ばかりする。だから、この言葉も勝手にこの身体が吐き出したのだ。
そうに違いない。
「と……泊まっていけ」
途端顔から火が出るほどに恥ずかしくなり顔を背けた。
「この中帰ったら風邪を引くかもしれん。そうなったら折角の久々の休日だと言うのに俺の気が休まらん……仕方無いから、泊めてやるのだ」
服の裾を離し、暫しの沈黙のあとそれに耐え切れずに俺は踵を返した。
「か、風邪を引きたいと言うのなら引きとめはせん! さっさと帰れ!」
「しゃっちょー!!」
「のああぁ!」
後ろから不意に抱きつかれ、俺は前のめりに転倒した。勿論抱きついて来たバクラも共になったのだから、奴は今俺の上にいる。
「マジもう社長大好きだ! 可愛いーなー!」
「なっ!男に対して可愛いとはどういう了見だ!」
「だってマジ可愛いーし!あー…もう駄目!我慢しようと思ったけど俺サマもう無理!限界!」
「は?おぃ、ちょっ、ま……」
待て、と静止をかけようとした唇を塞がれてしまった。先ほどの様に啄ばむそれではなく、深く交わり意識が飛びそうになる、そんなキス。
「……んぅっ……っは」
「ヤベー……社長超色っぽい」
離れた口を一舐めされ、俺は奴に流された事を頭の隅で認識した。
(思った瞬間には、もう、遅い)
「愛してるぜ? 社長」
もう一度重なる唇に、そんな想いは簡単に打ち消されてしまう。
結局明日の休みも有効利用は出来そうに無いな、とぼんやりと考えて、俺は流れに身を任せることにした。











END


あきゅろす。
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