くだらぬ愛をもう一度
愛と聞いた瞬間、元就は背筋に走った悪寒に眉を潜めた。
「人の心など、くだらん」
愛だけではない。人が何を考え、何に執着するかなどに興味はない。
己にとって重要なのは一族の繁栄だけで、馴れ合いではないのだ。
そんな意味を込めたはずだったが、目の前に座る名前にはどうやら伝わらなかったらしい。
「何か、愛に嫌な思い出がおありなのですか?」
「……馬鹿が」
全く当たっていないわけでもないだけに腹立たしい。
元就はある教祖とその弟子たちを思い出して、慌てて頭を振った。
「貴様も我に戯言を聞かせるつもりか」
人を信じ、そして愛せと。
そんなものがあるからこそ、弱くなるのではないか。
分かりたいとも思わない。
「だが―――」
その先を続けようとして、元就は口をつぐんだ。
だが、と。その先に自分は何を言おうとしていたのか。
愛について肯定することなど何一つないというのに。
「だが?」
「……何でもない。我はもう下がる」
先を促すような名前を遠ざけるように言うと、元就は立ち上がって部屋を出ていってしまった。
これ以上ここにいたら、何か余計なことまで口走ってしまいそうだった。その何かまでは分からないが。
廊下を歩く元就の脳裏にまたあの教祖たちが浮かんできて、彼はさっきよりも強く頭を振った。
背筋を駆け抜けていったのが、憎悪にも似た悪寒ではないものだと気付いてしまったから。
(くだらぬ愛をもう一度)
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