世界の終焉を待っている
「ひとつだけ、私の願いを聞いていただけませんか?」
すがるような声が低く名前の耳へ滑り込んだ。
狂おしいまでの熱を帯びた瞳は名前だけを映し、他の何をも映してはいない。
天海の冷たい手が頬に触れる。
幾度となくそこを滑る指は、まるで彼女が存在していることを確かめているかのようだった。
「全てを、捨ててください」
口元が隠されていたせいで、彼がどんな表情を浮かべているのか、はっきりとは分からなかった。
しかし、彼の声自体はしっかりとしていて、確かな強さがあった。
冗談でも何でもない。
本当に、彼が望むただひとつの願いなのだ。
「全てを失って、私だけにすがってはもらえませんか」
互いが互いの全てになるように。たったひとつの世界に、頼りきりになるように。
「貴女を失っては……生きている意味がありません」
弱々しく微笑む天海の瞳の奥には、確かに青白い業火が揺れていた。
名前は頷いたのだろうか。
どちらにせよ、もう戻れはしない。
(世界の終焉を待っている)
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