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電子歌手は理想恋愛の夢を見るのか
 
「主よ、訊きたい事があるのだが」

紫色の髪、今の時代には不釣り合いな和服を着た青年が、コンピュータのキーボードを叩いている青年に声をかける
青年はコンピュータから手を離し、和服の青年を振り返る

「ん、がく。どした? いつになく真剣な声で」
「単刀直入に訊くが宜しいか」

和服の青年、がく──神威がくぽが尚も真剣に問い直すので、青年は僅かに苦笑う

「お前が遠回しに訊いた事なんてないだろが。何だ?」

青年の返事を聞き、がくぽは一度大きく呼吸をし、その"訊きたい事"を口にした

「主と彼女はどう云った関係だ」
「……はあ?」

青年は思わず気の抜けた声を上げたが、がくぽの表情は至って真剣なものだ
気圧されたように青年も表情を固くする

「時折この部屋に来る、主と同じ学舎に通うと云う彼女の事だ」
「いや、そんな言わんでも分かるさ
 …で、あいつと俺の関係はどうだって訊き」
「そうだ! 一体彼女は主の何なのだ!? 彼女とは恋仲なのか!? それともただの学友なのか!? ただの学友にしては些か仲が良過ぎではないか!!? 主も彼女も互いに年頃なのだからこんな狭い空間に二人きりと云うのは如何なものかと思うのだが!!? さあ答えろ主よ、どうなのだ!!!!」
「…あー、訊きたい事はよっく分かった。とりあえず落ち着け」

がくがくと肩を揺さぶられ一気に捲し立てられた青年は、僅かにぐったりしながらがくぽをたしなめる
がくぽは訊きたかった事を吐き出せて、対照的にすっきりとした顔をしていた
青年は乱れた襟を整え、咳払いを一つ

「とりあえず、あいつと俺はお前の思ってるような深い関係じゃない」
「そ、そうか」
「…でもなぁ」

ほっとした様子のがくぽに、青年は言いにくそうに目を伏せて頭を掻いた

「ボーカロイドのお前にとっちゃ、辛い想いになるぞ」
「…は……?」
「夢見がちな雰囲気だけど、まさかの現実主義者だから
 あいつ惚れさせたいならそれなりの経済力も…いや、あからさまに金が好きとかそう云うんじゃないけど、今の世の中を乗りきってける男じゃないと靡かねえんじゃねえかなぁ」
「え、いや、ちょ、」
「まぁ諦めろとは言わねえけど、それなりの覚悟は必要だぞ」
「ち、違う、違うぞ、私は決して彼女に恋心など抱いている訳ではなく」
「いやー、まさかがくが女に惚れるなんて
 よし、今夜は赤飯だ!」

けたけたと笑いながら青年はホッとした風に息を吐く
これで諦めてくれればいいのだが──
──青年の先程の彼女についての言葉に嘘偽りはない
だがしかし、まさか自分のボーカロイドがライバルになるなんて思ってもみなかったのである
ボーカロイドと人間の恋愛は少ない訳ではない
元が電子機器であっても、人の形を成し、同じように生活しているのだから、別段不自然な現象ではない
法律上、結ばれる事は出来ないが、両者の恋愛そのものを否定や罰する法も無い

(あいつは理想より現実派…ゲームとか漫画も人並みに持ってるけど『二次元に恋とか、ないよね〜(笑)』とか言ってたし、な)

大丈夫、自分の方に分がある
──そうは思っても、不安になる
この目の前で狼狽える着物の男と比べて、自分の容姿の平凡さときたら──

(まさか、がくがあいつを…ねぇ)

青年は内心酷く焦っていた
巫山戯半分に女性陣に同じ事を訊かれた事は幾度かあったが、まさか、まさかこの男からその質問を受けるとは──
だから、カウンターを返したのだ
自分の心情を見透かされたような言葉に酷く弱いがくぽには、下手に妨害や牽制をかけるよりも、逆に先程の様に囃してしまった方が効果がある
まだ狼狽え言い訳をしているがくぽに青年はこれで一安心だと胸を撫で下ろした──その時であった

「面白い話してるな。俺も混ぜろよ」

桃色の髪、黒のノースリーブを着た青年──巡音ルキが、がくぽの肩に手を置きながら言ったのは

(あー…)

にこにこと笑むルキを見ながら、厄介なのが来た…と、青年は力なく項垂れた

10/02/17

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