C 一方、壬生寺の境内。 「そんなあ!」 総司の声はよく通る。 疎らな音程の童歌のみが聞こえていた壬生寺の境内に、突如として彼の叫びは響き渡った。 それまで遊びに興じていた子供たちの視線が、一気に総司へと集まる。斎藤は軽く眉間にしわを寄せた。 (…………声がでかい) 総司は、今日の正午過ぎにこの場所で尚子と待ち合わせていた。「連れて行きたい場所があるから」と本人には話してある。 以前から尚子を連れて行きたいと思っていた場所――というか、尚子に会ってもらいたいと思っていた人が居るのだ。 “あのこ”の存在を、自分以外の誰かに知っておいてもらいたいと、前々から思っていたのだ。 それで今日ようやく引き合わせる事が出来ると思っていたのに──。 約束の刻限になったかと思えば、その場に現れたのは、尚子ではなく、斎藤だった。 「まあとにかく、急用で来られないそうだから、ここで待っていても仕方がないということです」 「でも、理由とか……。なにか、聞いてない? ずっと前から約束してたんだ」 「……。半田さんにも半田さんなりのワケがあるんでしょう」 「そのワケを教えてよ。さっきは、這ってでも行くって言ってたんだ……」 「……。詳しくは存じませんが、何やら特命の様子でした」 「〜〜〜〜」 総司はうな垂れた。 「それでは確かにお伝えしましたからね」 斎藤がその場を去ろうと総司に背を向けた、その時だった。 総司の手が、斎藤の袖を掴んだ。 「一さんでいいや」 「……何の真似です」 「一さん、今から暇?」 「…………」 [前へ][次へ] [戻る] |