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「……“おキミ”ちゃあん!?」
島原に構えるとある見世の門前。
尚子は素っ頓狂な声を上げた。向かいに立つ総司は満面の笑み。気味の悪い程に柔らかな表情である。
「そう、お君ちゃん。その子と先約があるからさ、悪いけど今回は断らせてもらうよ。………………って、何だよその顔は」
「え?」
どうやら尚子はこの意外な事実に対し、怪訝な気持ちを表に出してしまっていたらしい。
慌てて笑みを作る。
「ああ……、いえ。何か、総司さんが女の子と約束とか、猛烈に意外だったから」
この日、尚子は総司と共に新見錦の件で迷惑をかけた見世を訪れていた。隊費の一部を贖金に充てて手渡してくるようにと土方に命じられたのだ。償いをする事によって市中の人々の顰蹙を少しでも和らげようとしているあたり、流石だな、と尚子は思う。ありえないことだが、もし自分が副長という立場にあったとしたら、そこまで頭が回るかどうか。
話題を本筋に戻す。
さて、その見世というのが、偶然にも尚子の知己・美佳の働く店舗だったのである。
せっかくなので美佳の部屋へ寄っていこうと考えた尚子は、ついでに総司にも「遊んでいかないか」と誘いをかけたのだが、上記により“おキミちゃん”だそうである。
そして今に至る。
「何だいそれ。おれにだって約束事くらいあるよ」
「いや、猛烈に意外なのはそこじゃないんですけど」
ここで大事なのは「女の子と」の部分の事であって、「約束」ではない。そこの所、きっとこの男は分かっていないのだろう。
総司は、自分のプライベートに関する話題になると、普段では考えられない程“抜け”てしまう。
「……まあいいけどさ。兎に角おれは帰るから、尚太郎は心行くまで遊んでくればいいよ。じゃ、また後で屯所でな」
とだけ告げ、小走りに去り行く総司の足取りは異様な程に軽い。
(……あの総司さんにもついに女ができたか)
と神妙な心持ちで尚子は彼の跳ねる背中を見送った。
文久三年九月上旬の事である。
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