C ────バシッ!! 云い切ったか切らぬかの時、尚子の左頬に鋭い痛みが走った。 訳が分からぬままに、体だけが吹っ飛んだ。頬が、じんじんと熱を帯びてくる。 尚子は、土方にひっぱたかれたのだ。 「多摩に帰るんだ! 今すぐ!」 「い、嫌です!」 石板に手を付いたまま、負けじと言い返す。 左頬が、痛い。 「帰るんだ!」 「嫌!」 「帰れ!」 「何で……っ」 突如、土方と尚子の間に斎藤が進み出た。 黙っていろ、という視線が尚子に送られる。 「……お取り込中忝いが、意見させて頂けますか。二つ、申し上げたい事がございます」 「なんだ」 「では」 ゴホン、と咳払いを一つ。 「まず一つ。女の顔を叩くというのはどうかと」 「な……っ! こいつぁな、道場で鍛えてきてるんだ、並の女程軟くねぇ。これ位……」 「なるほど……。今の言葉、心に留めておいて下さい。そしてもう一つ」 斎藤は、チラと尚子に目配せする。 「私としても、出来れば半田さんは浪士組で引き取って頂きたい」 刹那、土方の顔が、かっと赤くなった。 この男は、すぐに感情が表に出る。 「……んだと! それなりの理由があるというのか!」 まあまあ、と土方をなだめると、斎藤は徐に口を開いた。 「半田さんは、すこぶる強情だ」 「それが、どうした」 「此処で浪士組への参入が認められないとなれば、間違いなく半田さんは吉田道場に入り浸るだろう。しかし、それは困る。おれとしても、これ以上、あすこに迷惑を掛ける訳にはいきません」 「しかし、だからと云って、浪士組に入れる道理はねえ!」 「トシさんは、頭が堅い」 フッと斎藤は笑った。 「ここまで動ける女は、日本中探し回っても、そうそう見つかりません。使おうと思えば、誰より役に立つ。そうは、思いませんか」 「何その云い方……っ!!」 思わず立ち上がりかけた尚子を、斎藤は制した。手で尚子の口元を押さえたまま、土方を見据える。 「どうです」 「確かにそうかもしれねえ。だがな、やはり女とあっては仕事に支障が生じる。第一、耐えられねえよ」 「先程貴公は、ご自身の口で『こいつは並の女程軟くない』とおっしゃったばかりです」 「……!」 これには、土方も閉口してしまった。 どうやら今回の弁術においては、土方よりも斎藤の方が幾分か勝っていたようである。 [前][次] [戻る] |