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尚子は、この時代の者ではない。
平たく言えば、時の流れを遡ってきたらしいのである。正直な所、自分が今どういった状況下にいるのかという所をまったく理解していない。

尚子は、今年齡十六を迎えたばかりのただの子供であり、平和な平成の世に育てられた、現代の女子高生だった。それがひょんな事から、幕末と言う動乱の世の中に迷い込んでしまったらしいのである。

何故この時代に居るのか、原因は定かでなくとも、経緯は以下の様である。




それは、ほんの一ヶ月前の事だった。

その日、尚子は小学生時代からの親友である美佳と共に、野川沿いの公園を訪れていた。

「懐かしいねぇ。小学生の時以来かなぁ」

「そうだね」

野川とは、東京武蔵野地域を流れる小川の事である。
世田谷区を流れる二子玉川が多摩川に合流する場所――いわゆる「ハケ」から派生した小川だ。だから地域によっては、この野川の事を「名残川」とも呼ぶ。

美佳の方はことさら嬉しそうにはしゃいでいて、尚子も、久しぶりの知己と田舎とに、心踊らせていた。
美佳が野川に架る小さな橋を指差して言った。

「あっ、ねぇ尚子、あの橋の下、覚えてる? よく私達がかくれんぼとか秘密基地ごっこに使った……」

「うん、もちろん! 懐かしいね」

「ね、ちょっと行ってみようよ」

そう言うと、美佳は尚子の腕を掴み、その場所へと走り出した。


その辺りから、尚子は体に何か違和感を感じていた。

おかしいのである。
大気の中にある正体の掴めぬ何かに対して、身体が抵抗している気がした。妙にゆっくりと、回りの風景が動く。

「えっ、何これ……」

突然の美佳の言葉で我に返る。尚子はふと辿りついた橋の下で、親友の視線の先を追った。

途端、尚子も目を見張った。
そこには、不自然な大穴が掘られていて、その中には錆びれた日本刀が十数と投げ込まれていたのだ。

「わあ、すごい……!」

尚子は思わず息を飲んだ。

「なんだか、気味が悪いよ。尚子、これ、誰かに言いに行った方が……」

「う、うん、でも、ちょっと待って」

その時の事は、今悔やんでも悔やみきれないものがある。

昔から剣道だけは続けていたせいか否か、その時尚子は身体が熱を帯びるのを感じていた。本物の刀を目前に、身体がざわめくのである。途端、それを触ってみたい衝動にかられた。

やめてよ、という美佳の言葉も聞かず、尚子は恐る恐るその刀に手を伸ばした。
そして、

「うわぁ……。本物って、こんなに重いんだ。ねえ、美佳――」


そう言い掛けた時だった。
振り返りざま、尚子は言葉を失った。

その場には、親友の美佳の姿はおろか、コンクリートの橋や電灯すらも、見当たらなかったのである。







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