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小雨が降り始めていた。
芹沢の寝所に面した庭の茂みの中、土方ら四人は息を潜めて構えていた。芹沢が寝静まった頃合を見計らい、忍び込むのである。

「重々承知だと思うが、芹沢は強い。失敗は許されない。それから、顔を見られた者は、それが例え女だろうと容赦なく――」

土方の言葉に、山南と左之助は、うんと頷いて見せた。総司は、どこか虚ろな目線を地面に落としたままだった。

「総司?」

土方が総司をつついた。

「あ……、はい。すみません」

「どうした。そんなんじゃ、逆に芹沢にやられるのがオチだぜ」

はは、と乾いた笑みを口許に浮かべると、総司はそっと溜息をついた。
芹沢と言う男を手にかけてしまうのは、とても――陳腐な言い回しだが、「もったいない」気がした。巧く言えないが、芹沢は兎に角大きな男だったのだ。それはいろいろな意味で。
自分は芹沢が暴れ回った場所を一店残らず謝罪して回った事もあったし、商家に火をかける手伝いをさせられた事もあった。でも、彼は決定的に強かったし、隊内での人望は実の所相当厚かったのだ(近藤派を除いて)。それはあのサバサバした性格とか、力とか、兎に角そういった、若先生とはまた違った人を曳き付ける力を持っていたからであって、それは自分にとっても十分魅力的であったのだ。

それを――そんな男を、寝首をかくというような、少なからず武士道に背いたようなやり方で亡き者にしてしまうというのか。そう思うと、総司は本当に遣る瀬無かった。

「やっぱり、寝込みを襲うんですね」

「今更何言ってやがる。その為にあれだけ酒を入れた」

「すみません。でも――」

総司は言いかけて、しかし、出掛かった言葉を飲み込んだ。

「なんでもないです」

「何だよ。そこまで言ったら、駄目だ、全部言わなきゃ」

と、左之助が口を挟んだ。山南もうんと頷き、土方はこちらをじっと見ている。

「正式に果し合いはできなかったんですか。こんな……こんなやり方で、芹沢先生を……」

「総司」

土方が、芹沢の部屋に視線を送ったまま、言った。続けた。

「先刻も言ったが、芹沢は強い。お前なら分からんが、おれが正式に立ち合ったら、まず間違いなく負けるだろう」

「だったら、私にやらせてくれれば……」

「しかしだ、もしそれで勝ったとしても、お前は以後芹沢を殺した者として浪士組に居なくてはならなくなる。――芹沢は何故か平の隊士達に人気だからな――そののちお前が幹部として働くには、まず信頼を集めずらくなるんだ。それは、今後の浪士組にとっていい事じゃない。沖田総司には、絶対に人の上に立って貰わなくちゃ困る」

「……」

「だから、今回この暗殺は極秘裏に進めているんだ。おれ達がやったのだと、誰にも知られてはいけない。特に、隊士にはな」

「そ……んな」

「やむなし知ってしまった者が居たとしたら、そいつは――打ち首だ。少なくとも浪士組に残さない」

「土方さん」

「お前の気持ちも分からなくもない。が、これは失敗が許されない。そうすると、もはや卑怯だろうと非道だろうと、闇討ちで片付けるしかないのさ」



 


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