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嫉妬心、点火しました
「怜衣茄、楽しそうじゃん?何してるの?」

「ど、何処が楽しそうに見えるの!?」

「っはは!どうして〜?俺はこの眺めが、すっごく面白いけど」

「………サイテー」

「え?なーにー?褒め言葉〜??」

「ええ?!今の私の小言、離れてるのに聞こえたの?!」



上を向けば、ぽかんと丸い青空が遥か遠いように見える。
それ以外の視界は真っ暗で何も見えない。
地面に手をつけばざらつく感触、爪に異物が入った感覚が気持ち悪い。
湿った土の匂いが、鼻にツンとする。
叫ぶ声は地上、私の視界の青空から顔を出す彼へ向かって反響していた。



「ちょっと、それより助けて!!」

「えー、折角のいい眺めなのに勿体ないんじゃない?」

「あのさ!言っとくけど、私は那智の鑑賞物じゃないからね?!」

「違うの?」

「はぁっ?!違うから!!」



この憎たらしい口を利く人間が、美しい容姿でなかったならよかったのに。
私は、それを何度思ったことだろう。
もう数えきれない程に思ったし、口に出したりしたと思う。

彼の綺麗な目鼻立ちや、スラッとした背丈など、外見についての文句の付けようなんて全くない。
だから日常生活の中でこっちが怯むことばかりで、悔しい。



「じゃあ、怜衣茄がちゃんとお願い出来たらー…、考えてもいいけど」



私が不本意にも、何者かが意図があって仕掛けた、もしくはまだ仕掛け途中であったのだろう落とし穴にハマってしまった為に、こんな事態になっている。
この穴の深さといったら、誰か一人の力を借りて引き上げて貰えない限り脱出が不可能だ。
背を伸ばしても、ジャンプしても、ギリギリといったところで地に手が届かない。
もう少し背があったら、届いたのかな…。でも私、背が低いほうでもないし、これ以上の身長は…別に……。

助けを求めていた中で、那智に見付かったのは、一生の不覚だったのかもしれない。



「おっ……お、お願い…?」



私の直感が疼く。
嫌な予感が、私の頭を刺激した。



「人にモノを頼むときには、敬語使わなきゃ」

「…うっ…た、助けてください」

「そうじゃないんじゃない??」

「え?」

「そうだなぁ〜、“ご主人様”くらいは付けようか」

「は?」



彼のニヤリと笑う口元は、この状況を楽しんでいる証拠。

従わない限りは助けてやらない、という考えなのだろう。
人の苦痛に歪む顔や、脅える姿を見るのが快感である彼のこと、この状況下で譲るハズがない。
今の立場的は、特に彼がダントツで優位な立場に立っている。



「誰がそんなSMプレイみたいなコト言うと思ってるのよ!!」

「ふーん…。怜衣茄がそういう風にでるなら、俺はずっと此処で観察でもしてようかな」

「だから、私は鑑賞物じゃ…!」

「あーあ。助けてあげようかと思ったんだけどなぁ〜」



わざとらしい大声で、私を見下ろす彼は完全にこの状況を楽しんでる。

ああぁああ、もう誰だよ。こんな古典的な嫌がらせした奴!学校の校庭に穴を掘るなんて考えられない!女子が落ちて怪我でもしたらどうするの?!
私だって女だけどさ…、私はいいの!
よかったよ、犠牲になったのが私で!女の子に怪我なんてさせちゃ、ダメなのよ!コレって、常識でしょう?

だけど、私だって穴に落ちたきり出られないのだけは困るわ!落し穴に落下したときの衝撃には耐えられたけど!



「那智が私を助けないで様子を観察してるっていうなら、他の人だけでも呼んでよ!」

「なーんで、そんなつまんないコトしなきゃなんないの?」

「楽しいとか、つまらないとかの問題じゃないです!」

「つまんないじゃん。他人が、怜衣茄に手を差し伸べて助けてるトコを眺めてろっていうの?」

「だって、観察してるんでしょ?」

「………。怜衣茄って、どうしてそんなに素直じゃないかな…」

「えー??なに、聞こえなーい」



彼が無言になってからボソボソと話した言葉が、この距離からだと分からなかった。
一瞬、那智が拗ねたような表情をしていた気がする。

そんな彼は貴重だから聞き返したのだが、絶対に呟いていないだろう言葉を浴びせられた。



「怜衣茄のアーホ。おたんこなーす。分からず屋ー。ツンデレー」

「…!はぁ?!私はツンデレなんていう萌え系属性の女子じゃないわよ!」

「怜衣茄は、どう考えてもツンデレだけど」

「違うし!」



ていうか、話題が逸れてる。

話を戻さないと!
このままじゃ、那智との会話で日が暮れてしまいそうだ。



「ねぇ、お願いだから助け呼んでよ!!」

「やーだっ」

「呼んで」

「やだ」

「なんでよ!」

「嫌なものは、イ・ヤ・だ」



理屈がはっきりしなくて、彼の否定はまるで子供のワガママみたいになっている。

……もう、なんなんだか。



「じゃあ、助けてくれる?」

「ご主人様」

「それ、まだ引き摺るの?!」



ムッとした表情をして、次には彼から信じられない言葉が返ってきた。



「………いい。助けてあげる」

「え?……う、うん」



何があって気が変わったのか、身を乗り出して那智が私に手を伸ばす。
戸惑いながらも、私はその手を取る。
力強く私の腕を引いた手は、軽々と私を持ち上げた。
その時、やっぱり男の子なんだなと感じさせられる。



「あ…ありがとう……」



落とし穴から脱出し、やっと地上へ足を付けるコトができた。
制服に付いた土を手で払い、先程までとは打って変わり、素直に引き上げてくれた彼を見る。

何の見返りも求めない彼の手助けの所為で、違和感を覚え、こっちの調子が狂ってしまった。



「怜衣茄ってさ……ホント、嫌になるよね」

「……え?鈍臭いってコト?それなら、ごめん」

「まぁ…鈍臭いのもそうだけど、それ以外にもあるんじゃない?」


「………ごめん、なんか…怒らせた?」



冗談っぽくも聞こえるけれど、彼の目は笑っていない。
というか、むしろ鋭かった。

少しだけ屈んで、那智の顔を覗き込む。



「……那智?」

「ホント、予想外なコトは起こすし、黙って言うコト聞かないし、本当はバカ正直な癖して、たまに俺の前じゃ素直じゃないし、それだけど俺はお前に盲目すぎて嫌になる」

「…………」

「これから首輪でも付けておこうか」

「…!?」



頂けない発言に私はビクッとして、後退りする。

だけど、そんなのはお構いなしに那智が私の手を引いて、もう片方の手を顎に固定させ、強引に口唇を奪った。



「……なーんで、落とし穴なんか引っ掛かるかな」

「…は?」

「もうちょっと、考えてたんだけどな〜」

「え、もももしかして、那智が仕掛けたの?!」

「んー、考えようによってはそうかも?」

「何それ!」

「まぁ、いいじゃん」

「良くないわよ!」



多分、彼の答え方からすると、落とし穴を掘ったのは那智らしい。
そして、他にも何か仕掛けようとしたのに、その前に私が引っ掛かり…仕舞いには私が言うコトを聞かなかった、というコトで機嫌を損ねたのかもしれない。



「それより、俺の前で他の誰かに助けを求めようなんて、どういうコトかな〜?」

「……えっ、だって助けてくれないみたいだったから……うん」

「それに、アレってある程度の力がなきゃ引き上げられないし、男連れてこいってコトだろ?」

「……んーと…、そうだね」

「俺が許すハズないだろ」



私のあまり意識せずに発した台詞は、彼の機嫌を相当、害わせたらしい。
彼の雰囲気は、ダイヤモンドサインに居たときに所属する連中と話していた時のものになっている。



「ゆ、許す許さないの問題じゃ……」

「誰が、お前を他の誰かに触れさせていいって言った?」

「……え、いや……え?」



「俺、独占欲強いんだよね〜。忘れた?」



急に態度がコロッといつもの調子に戻るが、首を傾げて問う視線は本気だった。




お前の独占権は、俺のもの。



(助け求めるのに好ましい対象として、誰考えた?)(……やだ。那智は絶対に何かするから言わない)(へぇ…。じゃあ、お仕置きとか必要?)(…なっ、ちょっと!)



090411 嫉妬心、点火しました 中條 春瑠

(これ、異様に長い…!)


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