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海水みたいなキスをした
こんなつもりじゃなかった。

それなのに、どうして?



「っ……」



もっと器用な人間に生まれたかった。

ああ、でもどうしよう。こんな場所で泣いてたらいつ誰が通りすがるか分からない。

いま那智は、慧ちゃんと一緒に居なかった。もし慧ちゃんに見付かったなら『お前は本当に女子の自覚があるのか!?……だ、だから…す、すす…スカートを、気にしろと言っているんだっっ!!!』って赤面して怒られる。
あ、此処って職員室の近くだったよね?もし、真奈美先生に見付かっちゃったら…うん、私が抱きついちゃいそうだ。『まなみん!まなみ〜〜んっ!!』って私が叫びすぎて『えっ!湊久葉ちゃん、どうしたの!?』って心配かけちゃいそう。でもまなみんが心配してくれるなら私は本望だ。だって先生かわいいから大好きだもん。困った顔も見てみたい。
かわいいっていえば、八雲くんもうるうるな瞳で見つめてきそう。『どうしたのー?どうして、そんなにどよよーんってしてるの?みくぴょんがそんな顔してるとー…僕まで悲しくなっちゃうよぉ』って今にも泣きだしそうな顔をされそうだ。そんなのいけない。国民的人気アイドルを涙させるなんて、私もどうしたらいいのか分からなくなる。


まだ止まらない涙を必死に唇を噛んで、我慢する。
後ろの壁を支えにしてなんとか立ち上がった。

場所を変えようとした、そのとき。



「湊久葉!!」


「えっ…?」



一瞬、力が緩んだ所為で、溢れた涙で歪んだ視界がガタッと揺れる。

なに、どういうこと…?



「ごめんっ、ごめんね……」



ひとつだけ分かるのは、後ろに居るのは那智だということ。
苦しくなりそうなくらい、ぎゅうって力を込めて私を抱き締めるのは、他の誰でもない那智。



「那智…?」


「うん…、ごめん…」



なんで。なんで?

貴方にその気がないのなら、こんなに優しくしないで。
どうして、気が付いちゃうの?

いやだよ、こんな風に優しくされたら……。


だって、わたしは…、



「那…智……」





「わたし、ね……」



貴方のことが、好き。

気が付く頃には、貴方が居なきゃ駄目になってしまうくらい好きになってた。


貴方がいつも側に居るのが当たり前になっていたから、気が付いていないだけだった。
こんなに自分が弱い人間だなんて、思ってなかった。

私は知らない間に、貴方に依存していたんだよ。



「ちがう……」


「え…?」



「違う、よね?」



すこし緩んだ彼の腕が、そっと離れていく。
切なげに伏せられた目がこちらへ向いて、私に訴える。



「湊久葉が好きなのは、慧でしょう?」



「待ってよっ、そんなこと……」



いつ、私がそんなこと口にしたの?
一度も言ったことがないし、意識したこともなかった、その台詞。


「…………」



それ以上、彼は何も言わない。

彼は強引に、私を頷かせようとしてる。


いみ、わかんないよ。

なにそれ。





「勝手にっ、決めないでよ……」



貴方への気持ちに、やっと気が付けた。
それなのに、どうして、私を突き放そうとするの?

どうして、私の異変に気が付いて追いかけてきちゃったの?



「ほら、湊久葉?そんな顔してたら、可愛い顔だって台無しだよ〜?」



顔なんか台無しだって、いい。
貴方が側にいてくれるなら。力一杯、抱き締めてくれるなら。

だから、はぐらかさないでほしい。


さっきから那智がしていることは、矛盾だらけじゃない。




「違うよっ!!私は…、那智のことが好き…っん……」




私の言葉を塞いだのは、貴方の唇。

半ば、強引に押しつけられたそれは、悲しそうな瞳とリップ音と共に離れてく。





ねぇ、
これってキスだよね?




(涙のせいか塩っぽかったそれは、)(紛れもなく)




090331(訂正) 海水みたいなキスをした 中條 春瑠


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