仕方がないから、俺が背中を押してあげる
「ねぇ、兄さん?」
「湊久葉のコト、好き?」
「は……?」
立ち止まり、少し間抜けな声を出した慧。
だけど、改めて俺の顔を見てから一つだけ溜め息を吐いた。
「……くだらない。アイツは僕たちの幼馴染みだろう?」
それだけ答えて、慧は俺から背を向けて再び歩きだす。
方丈 慧という人間は素直じゃない。
口を開けば、規律や、規則。
もう少し気を使えばいいのに、他人にも容赦ない的確をつく口振り。
表情だって、いつも大抵は行動を共にしている兄弟である、俺の前でさえも難しい顔ばかり。
「でも、俺たちにとっては“ただの幼馴染み”じゃないでしょう?」
だけど、そんな人間にも様々な感情を生み出させ、表情を与える存在がいる。
「僕たちの“特別”だ、と言いたいのか?」
「うん。慧は違うの?」
それが彼女、水咲 湊久葉。
仏頂面で無愛想な慧に唯一、彼女だけは沢山の顔を持たせるコトができる。
たまに軽い口調で彼女が話しかければ、どぎまぎして緊張の取れない引きつった顔。
不意に彼女の身体が触れれば、あからさまに耳まで赤くなる。
それを野次られようものなら、挙動不審になったり、しどろもどろになったり、必死で怒鳴ったり。
そして、彼女が微笑めば、自然と目は細められ、優しくなる瞳に、柔らかく弧を描く口元。
こんなに彼を表情豊かにさせられるのは、湊久葉の他に居ないし、考えられない。
それに、この先もそうだと思う。
「……まあ、そうだな。違うと言ったら嘘になる」
慧にしては珍しい彼女に関する素直な返事に、正直すこし驚いた。
いつも彼女のコトを聞かれると、慧の口からは永遠と文句ばかりブツブツ呟かれるのだが、それが予想を反して逆転したから。
素直な反応を聞くことができるとは、想像もしていなかった。
「うん、そうだよね〜?」
これも、慧の中にある心情の変化の表れなのだろうか。
「俺にとっても、湊久葉は特別!かけがえのない存在だよ」
もう、ずっと幼い頃から。
気が付いたのだって、いつだったのか覚えてない。
その当初は、一緒に笑っていられるだけでよかった。
それなのに……、
最近は、そうじゃなくなってる。
それじゃ、足りない…。
誰よりも彼女の側にいたくて、彼女に触れたくて、できることならこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。
好き……なんじゃない。
コレは、それ以上。
あのコが愛しいと想ってる。
俺は、彼女を愛してる。
「那智…」
「……ん?なーに、兄さん?」
「あっ…いや、何でもない…んだ。気にするな」
あ、やっと気が付いた?
双子の兄弟っていうのは不思議なもので、何故か分からない非科学的なもので、以心伝心できてしまうものがあると俺は思う。
特に焦ることもなく、慧を見る。
すると、複雑そうに目を伏せた。
慧は、こういった恋愛関係の話に疎いから、自分の周りの恋愛に関しても本当に鈍い。
だって、俺はずっと彼女だけを見てきていたのに。
まあ、俺より少しあとぐらいから、慧も無意識に彼女を意識していたと思うけど。
「慧さ、もっと素直になりなよ」
俺の本心からのその台詞が心底、意外だったのか、慧の肩がぴくりと揺れる。
「じゃないと、俺が取っちゃうよ?」
不器用なキミたちのために、
仕方がないから、俺が背中を押してあげる。
(だって、コレは)
(俺にしか出来ない、貴重な仕事でしょ?)
090401(訂正) 仕方がないから、俺が背中を押してあげる 中條 春瑠
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