だから、無理しないで
一度触れた唇が、二度、三度と繰り返し角度を変えて重なる。
でも待って、此処は学校の廊下。
今だって、何の意図もなく、那智と私は運良く顔を合わせただけ。
現状は、私たちしか人がいないというだけで、場所を移動するときには誰もが通るのに少なくない場所。
「っ、…那智……」
「……なに?」
やっと声を出せた私に言葉を返しつつ尚、構わないというように彼はキスを止めない。
ついばむようにキスを続けた。
「っは……此処、ん…ぁ…廊下……っ…」
「……なーに、その声」
熱い吐息とともに呟かれた台詞に思わず、ドキッと心臓が大きく脈を打つ。
こんなに至近距離で色っぽい人を見たのは初めてだ。
「俺、感じちゃうよ?」
「………なんか…、悔しいかも」
「ん、なにが?」
「那智が言うと、下ネタに聞こえないんだもん」
「くす…っ、なにそれ?」
二人して笑い合い、それからまた沈黙が訪れる。
だが、それを那智の真剣な眼差しが破った。
「湊久葉、ごめんね」
正面から腕を回して、彼は優しく髪に触れる。
後頭部に手を伸ばして、包み込むように私を抱き締めた。
これって、何に対する謝罪だろう?
「ずっと……、ずーっと、前から好きだった」
「ずっと…?」
「……うん、いつからだったのか、分からないぐらい前から」
「高等部の入学式に、湊久葉が編入してきて……久し振りに顔を見て、そのときにはもう好きだったのかな?でも、幼稚舎に通ってた時からもう好きだったかもね」
それって一途すぎじゃない?、と呟くと、そうだね、と彼は笑った。
「でも、他の子なんて見えないくらい湊久葉一筋だってコトでしょ?」
「んー、それは……そうだったらそれは嬉しいけど………」
「それだけ、俺が夢中なんだって思わない?」
「……でも…さ…」
でも、やっぱりこの前にはああやって話をして、私たちの感情の確認と気まずい雰囲気の解消はできたけれど、私には那智が何か本心を隠しているように見えて。
どうしても、那智が私に初めて『好き』って言った時の曇った表情が忘れられなかった。
私の言葉の濁りから、不安を悟ったのか、那智が腕を離して私の目を見つめる。
「信じてくれないの?」
「………ちょっと、いいかな」
「…ん…、え?」
すこし大胆すぎたかもしれないが、那智の肩をぐいっと押し出し、私は彼を押し倒した。
ああ…もう、ココが廊下だとかどうでもいいや。
「那智、隠してるよね?」
「何を?」
「自分を…だよ」
真剣な眼差しで、彼を見下ろす。
それに怯む様子もなく、那智はあくまで平然としてみせる。
「私、ちゃんと…那智のコトが知りたいの」
「くすっ…、何言ってるの?湊久葉が一番、俺のコトを分かってくれてる。そうだよね?」
「違う!私、分かんないよ…。いつもすましてみせてるけど、那智は色んなコト隠しているもの」
「……、例えば?」
那智の言葉が、不意に鋭いものに変わる。
でも…、ここで怯んじゃダメなんだから!
「だって、那智は……時々、もの凄く冷たい表情するときが……あるし」
ぐっと下唇を噛んで声を押し出すが、そのとき那智の右手が頬にするりと触れる。
「湊久葉は、好きだけじゃ足りない?」
「そうじゃなくって……」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「…あのっ、だから……その…」
有無を言わさぬその視線に、言葉が詰まる。
「湊久葉には…、知られたくない」
「え…?」
「まだ…、恐い」
「嫌われるのが、恐い」
最後の一言だけは、切実に感じた那智の言葉。
那智が飄々とした一面を持っているのは知ってる。
“爽やか王子”は上辺だけの名称だって。
だけど、確かに那智に対する周りが、そんな絵に描いたような王子を望んでいるなら、簡単に今から素直になるコトなんて出来ないし、理想のまま振る舞ってしまうのは分からなくない。
本当の那智の姿が、歪んでしまうのは当然のようにも思う。
でも、嫌いになんてなれるわけないじゃない。
マイ・ダーリン。
(それくらい、私だって貴方のコトが好きなんだよ)
(私に出来るなら、救ってあげたい)(支えになりたいの)
(だから………)
090327 だから、無理しないで 中條 春瑠
(やっぱり那智には裏がありそうで、私は安心したんです←)
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