高等部入学式 一
今日は、都内でも指折りの秀才が集まると言われている聖帝学園。
その高等部の入学式。
幼稚舎に通っていた時とは、違う正門からの高等舎。
足を踏み入れるまでに何分かかっただろう。
幼い頃は意識していなかった学園のあまりの大きさと迫力に圧倒され、つい私の足は止まってしまった。
こういう世界も知っておいてほしい、というお母さんの意向から私は幼稚舎だけ聖帝学園に通っていた。
一般庶民、貧乏人には及ばないようなスケールの大学まで続く私立校。
幼稚舎を卒業してからは地元の市立小学校に通い始め、続いて市立の中学校に入学する。
けれど、私はあの幼稚舎の時の記憶がずっと忘れられなかった。
聖帝学園に通っていた頃に勝るほど、楽しかった毎日はなかったと思う。
だから、私は中学の卒業後の高校は聖帝学園に戻ってやるんだ、あの楽しかった日常を取り戻すんだ、と高等部の編入試験を受けるために死ぬほど熱心に勉強した。
大の勉強嫌いの私にもそんなきっかけを与えた聖帝学園に、当初の両親は感極まり、学園の偏差値を考えるのも忘れて賛成してくれた。
だが、今でも信じられないけれど、私は晴れてこの学園の入学式に出席している。
私の意志を尊重し、支えてくれた両親には本当に感謝してる。
もちろん、応援してくれたまわりの友達も。
「我々、生徒一同はこの聖帝学園で、勉学に励む高い志を忘れず、日々努力を尽くし ――……」
うっ…、だがこれは眠い。眠すぎる。
いくら念願の学校へ入学できたとはいえ、こういった儀式は何処であっても身体は退屈を覚えるようだ。
「―― そして、これを生徒全員の言葉とします。平成……」
てゆか、生徒代表すっごい真面目そうなんだけどー…。
アレ、きっと学年首席なんだろうな。
なーんか、雰囲気が独裁者とか政治家とかが似合いそうな……、ん?
あんなに生真面目で、不真面目な人からみたら率先してまじうぜーって言われそうな、神経質で完璧主義の塊って雰囲気を漂わせる、独裁者や政治家とかが似合いそうって、言えば……。
むかし、そんな人が身近に居たような……
「―― 新入生代表、T-A 方丈 慧」
え?
はい、一歩下がってー、礼。
みんなちゃくせーき。
学年首席も、優雅に戻りまーす。
カツンカツンって靴がいい音するねー、ハハッ!
……って、わたし中継してる場合じゃないよね?
い、いいいい、いま、小さい頃にとても馴染みが深かった名前が……!!!(しかも同じクラスだった気が!!)
「大丈夫?水咲さん、気分悪い?」
「んひっ、は、はい!大丈夫です!お日頃も宜しいようで!!」
「え?」
私の隣に座っていた男子が突然、声をかけてくる。
人の異変に気が付いてくれたコトには察しがよくて感心するが、少しばかりタイミングが悪い。
頭の中の整理ができていない状態で話し掛けられては、咄嗟に浮かんだ言葉しか出てこなかった。
「……ふっ…」
あれ、わたし笑われてる?
もしかしなくても、笑われてるよね?
沈黙したと思ったけど、笑われちゃうのもどうなのさ。
「っはは…!ごめんね、ははっ…!!」
いや、あの。笑いを交えて謝られても……、
複雑というか…うん…。
「……あれ?自己紹介って、まだですよね?」
さっき、名字を呼ばれたような気がしたんだけど……。
「え?ああ…、まだだっけ?」
「う、うん。だって、担任の先生はまだ発表されてないし、さっき教室に来た先生は、後でやるって言ってたし…」
「さっきは慧の名前を聞いて口開けてポカンとしてたしー、見た目と雰囲気に名残があるし、俺がいま考えてる該当者の名前と同姓同名じゃないかと思うんだけどなぁ〜…。本当に忘れちゃった?」
え?この言い方って……、
過去に知り合いだったってコトだよね?
しかも、ステージに立って誓いの言葉を立てた彼がもし、私の記憶上の彼と一致するなら、幼稚舎のときにあんなだった彼を『慧』って呼べる人は只者じゃない。
どう考えたって、私が有名人なワケは絶対にないし……、エスカレーター式の学校じゃ、高等部入学以前からずっとエスカレーターしてきた在校生の方が大幅の人数を占めているココの生徒にとって、私は転校生みたいなものだから知り合いなんて言ったら、幼稚舎の頃に同じくみだっ…たーぁーー……、ああっ?!!
「も、もしかして――…っ!」
私が彼の顔を改めて確認し、思考を廻らせるとある特定の人物に行き着いた。
だが、大声を出しそうになったせいか、彼の手によって私の言葉は遮られた。
私の唇へ近付けられた、彼の細長く綺麗な人差し指。
「しぃーっ!兄さんがこっちに帰ってくる」
けれど、ほっとしたような目付きで彼は綻んだ。
わわわわ、やっぱり女子のトキメキメモリーに刻み付ける彼の仕草は今も健在なんだね。
……そっか、そうだよね。
確かに、幼稚舎の時から通っているコもココには大勢いるんだ。
今まで、全然周りのコは知らない気がしていたけれど、本当はこの学園で生活する私に空白が出来てしまっていただけで、むかしの私を覚えてくれている友達も少なくないというコトだ。
「何を騒いでいる!式典の最中だぞ」
そう、例えばこの2人みたいに、パタンと関係は途絶えてしまっていたけれど、元はすごく仲が良かったコたちだって中には居る。
「うん。ごめんね、慧」
「………」
こちらへ顔をしかめながら歩いてやってきたのは、聖帝学園の学年首席。
実はいま話していた彼の、その隣の位置が彼の席だったようだ。
眉間に皺が寄っていた彼であるが、まだ着席する前に私の顔を確認するや否や、眉がぴくっと上がった。
「えっと…、ごめん」
「……いや、今後から気を付けるというならば、それでいい」
私が口を開くと、彼は効果音がつきそうなほどにバッと顔を逸らし、そう呟いて席に着いた。
それから、こちらを見ようとはしない。
すると、隣の彼がちょいちょいと私に手招きする。
耳を貸して、の合図らしく、私に顔を近付けた。
『ごめんね。慧、久し振りで照れてるだけだから』
え、むしろ私に気が付いてるの?という疑問はさておき、あまりにとなりの彼が無邪気に笑うから、信じてみることにした。
入学式の日、思わぬ旧友
方丈兄弟、私の通称、慧ちゃんと那智に出逢いました。
09401(訂正) 中條 春瑠
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