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◆春風が届ける想い(慶次)



桜舞い散る。想い舞い散る。
ため息を1つ吐けば、フワリと花びらが浮いた。


「あーあ、結局、渡せなかったな」

誰に言うわけでもなく一人呟く。視線の先には、たくさんの女子に囲まれた前田先輩。私の手にはくしゃくしゃの紙切れが一枚握りしめられていた。


今日は卒業式。

前田先輩も今日でこの学園を去る。最後の思い出にと、たくさんの人が先輩の元に詰めかけたのだ。


「慶ちゃん先輩、写真お願い!」
「あ、あたしも!」
「ちょっとこっちが先よ!」
「まぁまぁ、女の子が喧嘩しないでさ、みんなで撮ろうよ」
「やったぁ!」
「ねぇねぇけーじ先輩、第2ボタンちょーだい!!」
「だーめ!それはあたしがもらうのよ!」
「うーん、困ったなぁ。第2ボタンは1つしかないから、皆にはあげられないんだよね」
「えー」
「それにまつ姉ちゃんに怒られちゃうしさ」
「こわーい」
「じゃぁさじゃぁさ、代わりのボタンあげるからちょうだいよ」
「前田せんぱーい」
「けいちゃーん」



あの中に入る勇気は到底私にはない。
分かっていた。私と前田先輩はあまりにも違いすぎて、話すことはおろか、近づくことすら叶わないと。ただ、遠巻きに見ているしかできなかった。


それでも、それだけでよかった。
見ているだけで十分だった。

なのに、


「なんで書いちゃったのかなぁ」

手の中にあるくしゃくしゃの紙切れを未練がましく開いた。
そこにはたった一行。


『あなたがずっと好きでした』


卒業式という特別な日なら、私でも彼に近づけるかもしれないと思った。もう二度と会えないかもしれない先輩に、独りよがりでもいい、この想いを伝えたいと願ってしまった。


宛名も差し出し名もない、ただ、想いだけを綴ったそれは、手紙とは言えないかもしれないけれど。

「……渡したかったな」


ポツリ、呟きと共に涙が一滴こぼれた。
その滴を拭うように、サァッと強い風が吹き上がった。

「あ」

風にはためき、私の手の中から紙切れが舞い上がる。高く高く、それは花びらに紛れて見えなくなった。

「……さよなら」


この想いも、思い出も、春風に浚われて消えてしまえばいい。




ふわり、ふわり。
舞い上がった一枚の紙切れは
ふわり、ふわり。
やがて、一枚の少年の手の平に舞い降りた。

「あれ、なんだろ。これ」
「なーに?けいちゃん」
「んー、手紙かな。えっと……」


少年の目が、そこに綴られた文字を捉える。ぐるりと視線を巡らせれば、今しがた校門を出ようとする少女の姿が目を引いた。

「ちょいとごめんよ」
「けーちゃんどこいくのー?」
「落とし物届けてくるだけだよ」

桜吹雪の中を駆ける。手にはあの紙切れ一枚握りしめて。


「ねぇねぇ、君」

去り行くその背中に声をかけ、ゆっくりと彼女が振り向く。
一陣、強い風が吹いて、視界を花びらが覆う。
それはあまりにも綺麗で、時が止まったように感じた。


「これ、もしかして君の?」


紙切れを差し出せば、彼女はひどく驚いた表情を浮かべる。

「…どうし、て?」

彼女の疑問はもっともだ。その紙には、宛名も差し出し名すらなかった。

「うーん、なんとなく」

彼自身、確信などあるわけがなかった。ただ、


「これが、君からだったらいいなぁって思ったからかな」


春風が届ける想い




(君をいつも見てました)
(君がずっと大好きです)


お題拝借:フォレストブログお題

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