◇つぼみ(幸村)
「名前殿」
名を呼ばれて振りかえれば、縁側に腰かけて幸村様が手招きをしていた。鍛練の途中であったのか、側には二双の槍がおかれており、傍らには佐助様までいらっしゃった。
「何かご用でしょうか」
そう近くまで行けば、幸村様はにっこりと笑いながら
「某の花見に付き合ってはくださらぬか」
と仰った。
「花見、ですか…?」
確かに、幸村さまの座る縁側の前には桜の木があるが、それは
「花見ってもさぁ、まだ蕾じゃないの」
そう、蕾なのだ。
「よいではないか佐助。何も満開だけがすべてではなかろう。蕾を愛でるのもまた一興」
「名前殿もそう思わぬか」と私を見上げてくる幸村様。その目はどことなく子供らしい面影があり、なんとなく私は幸村様の本意を察した。
「えぇ、確かに。蕾もまた、まだ見ぬ春を感じてなかなかよいものですね」
「!そうでござろう!」
同意する旨を見せれば、一層目を輝かせて反応する幸村様。失礼ながら、その様はまるで子犬のようで大層可愛らしい。
「私でよければお付き合いいたしましょう」
「かたじけない!そうと決まれば佐助、今すぐ団子と茶を持って参れ!」
「アンタそれが目的でしょーが!!」
「あ、団子なら私が持って参ります」
もとよりそれが私の仕事だ。忍隊の長である佐助様にこんな仕事をさせるわけにはいかない。そう歩き出そうとした矢先、やんわりと佐助様に止められた。
「いいよいいよ。俺様の方が早いし。待ってる間、旦那の相手でもしてやってよ」
「しかし、」
「お願いね」
私の言葉を聞く前に、佐助さまはすでに音もなく消えてしまっていた。
あぁこれが侍中頭に知られたら間違いなくお叱りものだろう。
「名前殿、こちらへどうぞ」
「……失礼いたします」
しかし、今更私が佐助さまに追い付けるわけもなく。諦めて幸様の隣に膝をついた。
そこは戦国の世とは思えぬ、ずいぶんと穏やかな風が吹いていた。
「あの花はいつ咲くのでしょうね」
「もう少しでござろう」
「満開になりましたら皆さんで花見でもいたしましょうか」
「そうでござるな」
「あぁでも」と幸村様は徐にこちらを向いた。
「この桜が咲いたら、また某と、二人で、花見をしてくだされ」
次も、その次もずっと。某は桜が咲く度に、名前殿とこうして共に時を過ごしたいものです
そう、幸村様が笑う。
私はその言葉の意味を図りかねて、しばし瞬きを繰り返すしかできなかった。幸村様はまた何でもなかったかのように、「早く咲くとよいものだ」とまた蕾を見上げた。
「幸村様」
「何でござろう」
「私もこうして桜が咲く度に、あなたと二人で桜を見るのを楽しみにしております」
だから、どうか。
「どんなときも、生きて、帰ってきてくださいね」
「うむ、約束しよう」と幸村様がまた笑った。
。゚つぼみ゚。
いつ散るか分からぬこの命。
この思いが咲き続ける限り、あなたの傍にいることを誓います
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