◇それでも(政宗) ぼて、と音を立てて目の前に落ちたのは鞘のない抜き身の短刀。 その刃を隠していたはずの鞘は、目の前でけだるそうに座る政宗様の手の中にある。 政宗様はただ一言こうおっしゃった。 「切れ」 何をですかと問い掛けると、政宗様は「てめぇの腹だ」と吐き捨てるように言った。 昼間だと言うのに、私たちのいる部屋は障子に閉め切られて薄暗い。他の家臣はどうしたのだろう。物音一つしなかった。 「何か、お気に触るようなことを致したでしょうか」 「さぁな。いいからさっさと腹かっさばいて死んでくれ」 もう話したくねぇと言うかのように、政宗様は鞘を振って私に短刀をとるよう促す。 そっと手を伸ばして短刀を握ると、障子越しの僅かな光りを受けて刀身が鈍く光っていた。 「どうした。いまさら怖じけついたか?今まで散々人ぶっ刺してきたんだ。人の切り方何ざお手の物だろうが」 確かに戦場で討ち取った首の数は両手を超え、足軽ならその倍。 どこを貫けば死ぬのか生きるのか、考えずとも分かるまでになった。切る対象が敵でなく自分なだけの話。 「怖じけづくなど。生きようが死のうがこの命、もとよりあなた様のもの。どう扱おうがあなたの自由です」 願うなら、もう少し政宗様のお役に立ちたかったのだが。 まぁよいかと思った。死ぬことが、政宗様の望みなのだから。 彼に逆らうなどありえない。 「では、」 刀を回して逆手に握り直す。 ぴたりと自身の左脇腹に狙いを定めて、目を閉じる。 躊躇はしない。すれば地獄だ。 目を開けるその瞬間、勢いよく刀を引き寄せた バシンッ びりびりと走る痺れ。 何かが腕を直撃し、短刀が弾かれて宙を舞う。 光を反射しながらくるりくるりと回転して ザシュ 畳につきささった音がした。 「政宗様」 「……何なんだよ…」 視界の隅で黒髪が揺れる。 背中に感じる太く固い男の腕。 「こうも抱きしめられては腹がきれませぬ」 「いらねぇよ」 ぎゅううっと抱きしめる力が強くなる。耳元で政宗様が苦しそうに呟いていた。 「…何でだよ」 それは私への問い掛けか、あるいは自身への問い掛けか。私には分からない。 「お前は一体、何なんだよ……」 愛したいのか、憎みたいのか。 政宗様の中でその答えが出るまで、私はまだしばらく、この茶番に付き合わなければならぬらしい。 それでもあなたに (すべてを捧げましょう) [*前へ] [戻る] |