◇あいにいくよ(慶次) *死ネタと若干病み ふわり、柔らかな風が頬を撫でる。 「いー天気だな、名前」 春の兆しを感じながら、俺は傍らにいる名前に話しかけた。 ここはどこかのとある丘の上。見渡す限り草原が広がっていて、あとは何もない。俺と名前の二人だけ。 名前も心地よさに目を細めて答えてくれた。 「えぇ、ここはいつもそうなのです。お天道様に1番近い場所ですから」 「そんなもんなのか?」 「はい」 そういえば、名前に会う時はいつも晴れで暖かい日ばかりだったな。 俺と名前はお天道様とやらにずいぶんと気に入られてるということだろうか。 「まぁいいや。とりあえずどこまで話したっけな。あぁそうだ、久しぶりに甲斐に行ったらさ、」 名前は体が弱くて滅多に外に出ることはできない。だから俺が旅をして見たこと聞いたことを話してやるって約束したんだ。 本当なら、倒れた妻の元にずっと付き添ってやるってのが正しい夫なのだろうけど。 名前は俺はそれでいいっていつも見送ってくれた。 「幸村の奴がさ、信玄に見合いをすすめられててさぁ」 「まぁ」 「どうすんだっていったら、最初は『か、影武者を!』とか言ったんだけど、すぐに『いやいやそれは相手に失礼でござる、かつお館様の裏切りに値する、しかし…!』ってずっと悩んでるんだよ」 「ふふふ、幸村様らしいですね」 「そしたらさ、忍びがさ…」 「慶次様」 不意に笑っていた名前が言葉を遮る。そして俺に静かに頭を下げてこういった。 「もう、此処へは来ないでくださいませ」 名前の長い髪が地に落ち、汚れてしまう。 あぁでも、ここで「汚れる」ことなんてないんだったってすぐ思い出した。 だってここは、名前の言う、『お天道様に1番近い場所』だから。 汚れているのは俺だ。 名前は頭をあげないまま続ける。 「お願いです、どうか、私に会うために傷つかないでください」 その声は、どこか泣いているようだった。 俺は手を伸ばして名前に触れようとしたんだけど、結局できなくて。いつものように明るく言ったんだ。 「大丈夫だよ」 その言葉を聞いて、ゆっくりと名前は顔をあげた。 あぁやっぱり泣いていたんだ。 名前の両目には涙が貯まっていて、いまにも零れそうなほどだった。 「コツを掴んだからさ、そんなに大変じゃないんだ」 名前は今、特別な場所にいる。本当なら、俺が会いに行けるとこなんかじゃない。 ここに来るには扉がある。 それを開ける鍵というのは 「名前の寂しさに比べたら、こんな痛み、なんでもないよ」 死ぬこと。 あるいは、死にかけること。 「それにさ、最近は楽しくなってきたんだよ。弾丸の海に飛び込んだり、崖を覗き込んだりするのも。夢吉にはいつも心配かけて悪いなって思うんだけどさ」 他にもいろんな方法を試した。 だけどどれも怖くはないんだ。 その先に名前がいるから。 「慶次様……」 ぼろり、大粒の涙が零れたのを皮切りに、堰を切ったように名前は泣き出してしまった。 「ごめんな、名前」 お前には笑っていてほしいのに、俺はいつも泣かせてばかりだ。 「何度だって謝るから、何度だって会いに来るから。だから、泣かないでよ」 そう伸ばした手は名前には触れられない。 見えない壁が俺達を隔てる。 生者と死者の壁。 何もできない俺の目の前で、ぼろぼろと名前の目から涙が零れていった。 「ごめんな、名前」 せめて生きてる間に、この涙を拭ってさえやれれば何かが変わっただろうか。 会いに逝くよ 留守中に妻に先立たれてしまった慶次。約束を果たしたくて自ら死の国へ。けれど彼女にふれることも抱きしめることも叶わず。 彼女は、自分のために慶次が傷つくのが嫌で、傷つけてしまう自分が嫌で。 互いに願うことは同じなのに 二人はずっとすれ違ったまま *切なさを目指して玉砕 [*前へ] [戻る] |