◆冬の雨(幸村)
うっかりしていた。
今日は朝から午後の降水確率100%と言われていたのに、折り畳み傘を持たないまま家を出てしまった。
雨が降り出したのはちょうど予想通りの正午。
どうやら降らないで欲しいと思っていた私の願いは、お天道様には聞き入れられなかったようだ。まぁそりゃそうだ。
しょうがないので、帰りは仲のいい友達の傘に入れてもらおうと思ったが、今日に限ってその子は早退(お大事に)。
置き傘もしてなくて、いっそ誰かのをパクってしまおうかと思ったが、なんとなく気が引かれて(真面目な性格を怨むわ)、結局私は、濡れて帰ることを選んだ。
幸い雨は雨でも霧雨に近い。
どうせ5分も歩けばバス停だ。
運がよければすぐにバスが来るだろう。来なかったら来なかったらで待つだけだ。
もともと傘を忘れた私の落ち度なのだから。
「…っよし」
気合いを入れて靴箱から靴を取り出す。入口に向かうと何人かの男子がたむろしていて、そのうちの一人が声をかけてきた。
「おー、名前。今から帰んのか?」
「そ」
「傘は?」
「忘れた」
「パクっちまえばいいだろそんなん」
「生憎私はアンタと違ってそんな度胸もなくてね」
「ふーん。ま、風邪引くなよ」
「そっちもね。あ、アンタなら大丈夫か」
「どういう意味だてめぇ!!」
彼と彼を取り巻く男子たちは言外のその意図を理解したのだろう。
男子達の笑い声を背に雨の中に足を踏み出した。
ひしひしと顔に当たる雨滴。
霧雨で本当に良かった。これがもっと強かったら、寒さと痛みがとんでもなかっただろう。
今でもさすが真冬というべきか、肌が痛い。
耳当てとマフラー、手袋のおかげで幾分かマシだったけど。
口から白い息を吐きだしながらひたすら歩く。前方に一つの傘を二人で使うカップルがいた。ほんの少しだけ、うらやましいと思った。
自分にも傘を差し出してくれる男の子がいたらなぁ。そんなことを思った矢先、
「おおおお待ち下され名前殿ぉぉぉぉぉお!!!!」
後ろから誰がものすごい速さで走って来る音を聞いた。というかこの言い方は彼しかいない。
振り向けばやはり
「どうしたの、幸村」
「名前、殿…っ…」
ぜぃぜいと真っ白い息を大きく吐き出す幸村がいた。
「はい、落ち着いて。待ってるから」
「す、すまぬっ」
すぅはぁと数回深呼吸して落ち着いた幸村は突然私に赤いものを差し出した。
「これをっ」
それは、幸村がいつも使っていた赤い折り畳み傘だった。
「?」
差し出されて、すぐにはその意図が分からなかった。
「これを、使ってくだされ」
「え?いいの?これ幸村のでしょ?」
「女子が雨に濡れて風邪でも引いてしまったら一大事にござる」
「いや、それ幸村も言えない?」
「そ、某は平気にござる!そんなに柔な体ではごさらぬゆえ!それに佐助が常に置き傘をしている故、借りればすむことだ!」
「うーん、でも」
「そなたが遠慮するようなことはない!」
そう言うと、幸村は私の手を取って傘をギュッと押し付けた。それなのに、不思議と嫌な気はしなかった。
このまま何かしら理由をつけてもきっと彼は頑として譲らないだろう。長引くほど少しずつ雨に濡れて風邪を引いてしまうかもしれない。
「じゃぁ……ありがたくお借りします」
「うむ!」
そして、私は幸村の赤い傘をありがたく借りることにした。
彼は満足そうに笑った。
「では、気をつけておかえり下され名前殿!」
「うん、幸村も気をつけてね」
「また明日!」
くるりと回れ右をして再び彼は水溜まりを跳ね飛ばしながら走っていく。白い景色の中、彼の赤い鉢巻きが鮮明に浮かび上がった。
去ってしまったあと、私は一人傘を開いた。ふわりと香ったのは幸村の匂いだろうか。それは雨に流れてすぐ消えてしまったけれど。
明日晴れたらこの傘を乾そう。
そして明後日に赤い折り畳み傘と少しばかりのチョコレートをつけて返しにいこうか。
霧雨漂う冬の帰り道。
そんなことを考えて笑ってしまった。
(や、やりましたぞ皆様方ぁぁぁぁぁ!!!!)(お疲れー旦那)(なんだ、結局渡しただけかよ)(そこは『某がお送りいたす』でdateに持ち込めよ)(まぁまぁ、幸村らしくていいじゃん)
(これでバレンタインデーは大丈夫だね)
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