◆雨の中(政宗)
「あちゃー…」
お昼前から空を覆いだした雲は、ちょうど私が玄関に来たときに堰を切ったように雨を降らせ始めた。
生憎、今日は傘を忘れてしまった。教室で止むのを待とうと思ったが、靴をはきかえるのすらめんどくさい。
「……うし、走るべ」
どうせ10分も走ればバス停だ。お金もかかるしそこまでは濡れるが、早く帰れればいいや。
できるだけ速く走るために、なんとなく準備体操をする。いきなり走ると足を釣るからね!足釣りなめんなよー!と誰に言うわけでもなく言い訳。
玄関に私以外いなくてほんとによかったと思った矢先、後ろから非常に空気読めない奴の声がした。
「何やってんだお前?」
振り返れば、そこにいたのは
「げ、伊達か」
「げ、とはこっちの台詞だ。人の顔見て失礼な奴だな」
学校一のボンボン、伊達政宗。
何が気にくわないのか分からないが、あれこれいちゃもんつけてくってかかってくるコイツが私は苦手だ。
しゃがんだまま足を伸ばしていた私の横まで来て、伊達はじろじろと観察し始めた。
「……傘、ないのか?」
「うん忘れた」
「HA、バカだな」
「うっさい」
伊達が鼻で笑う。鼻で笑うってのがすごい様になるのはあんたぐらいだよ成金が、と心のなかで毒づきながら、ストレッチもいよいよ終盤に差し掛かる。
「で、走って帰る気かよ」
「まぁね」
「夏風邪はバカがひくものだぞ」
「お前だな」
アキレス腱までしっかり伸ばして、よし、ストレッチ完了!
いざ、雨の中へ!と思った矢先、目の前に青いものが突き出された。危ねぇ。
「ほらよ」
差し出されたのは、伊達の青い折り畳み傘だった。
貸すと言うのか。伊達が私に。いやそしたら、私はいいが今度は伊達が濡れる羽目にならないか。まさか……。
「いらねぇのかよ」
「伊達は、どうすんの?」
本の少し速くなった鼓動を悟られないように、ゆっくり聞いた。
そしたら伊達は一言
「迎え呼ぶから別に構わねぇ」
……あぁそうでした。相合い傘とか夢みた私がバカでした。伊達にそんな気持ちないよね!
さっきのドキドキがアホらしい。
なんとなくムカついて伊達の手から傘をひったくるように受け取る。
「さーすが金持ち坊っちゃん!ありがたくいただいていきますよーだ!」
べー!と舌を出して傘をさす。
ちくしょう、使いやすいな傘もブランド品かこのやろう。
「もう少し素直に借りられねぇのかよお前は。ほんと、かわいくねぇヤツ」
ぱしゃんと雨の中を歩きだした私に伊達の声が追いかける。
ふむ、確かに、一応こんな伊達からでも物を借りるのだから、礼儀はしっかりしなければ。
礼儀と笑顔は欠かすなと、おばあちゃんからも言われている。
それに、たまには素直になってもいいかもしれない。
くるりと振り向けば、呆れたように見ている伊達の顔が目に入った。
「ありがと、伊達!」
まさか礼を言うとは思ってなかったんだろう。伊達は随分とびっくりした顔で、そして、ゆっくりと手を降った。
いつもは憂鬱な雨の帰り道。今日だけは足取り軽く、晴れやかだった。
雨の中
(君の小さな優しさが嬉しかった)
(君の笑顔に不覚にも惹かれた)
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