◇愛憎(三成)
鍛練を終えて自室に戻る道中、背中から声が聞こえた。
「三成さん」
この私に声をかけるなどどんな物好きかと思えば、そこにいたのは名前だった。
「何の用だ」
「やだなぁ、三成さん。私が三成さんに声かけるなんて、1つしかないでしょう」
にこにこと笑顔を絶やさないそれは、憎き家康と同じもの。そう、名前の姓は徳川。あの家康の妹だ。
だが、名前のその笑みの裏に含まれるものは、家康のとひどくかけ離れた冷淡なものだというのを果たして何人が知っているだろうか。
名前は微笑みを浮かべながら、いつもと同じことを私に言ってきた。
「ねぇ三成さん。
いつ、兄上を殺してくれますか?」
名前は、私と同じぐらい家康を嫌悪している。
笑えるものだ。私と同じように奴に憎しみを持つ唯一のものが、あの家康の妹なのだから。
「兄上は押し付けがましいのですよ。人の気持ちも知らないで絆絆絆絆絆絆絆…いっそのことその絆に締められばいいのです。
絆ごときで泰平を築けるなんて、世迷い事も甚だしい。」
あの笑顔でそんなことを言う様には、私ですら恐怖を抱いた。
それと同時に嬉しかった。あぁやはりアイツは残滅されるべき奴なのだと。
しかし、気づいてしまった。
もし私が奴を殺したとして、そのあと名前はどうなるか。
名前は言った。
『兄上を殺してくれる人なら誰でもいい』と。
皮肉なことに、私と名前を繋ぐものはその家康だけだった。
その繋がりをなくしたとき、名前は果たして自分のもとにくるのだろうか。
「三成さん、三成さん」
「何だ」
「兄上、いつ死にますかね」
「……そのうちだ」
今なお、私は奴に刃を向けられない。
愛憎
恋をした相手は憎き奴の妹でした。
彼女と自分を繋ぐものは、はからずも奴だけでした。
彼女が望むのは自分と同じ憎き奴の死でした。
しかし奴が死ぬことで、自分と彼女の繋がりは断たれてしまうのです。
憎きものを消したとき、愛する人も離れていくのです。
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