◇はじまるために(半兵衛)
ギリギリと肉が食い込む音がした。気管が圧迫され、声が、息が、できない。
「はん、べぇ……」
「なぁに?」
目の前で柔らかに微笑む半兵衛に途切れ途切れで問いかけた。
「ど…うし、て?」
「どうして?愚問だね、君は」
半兵衛の手は、相変わらず私の首を絞めようとしている。ギリギリ、キリキリと何かが軋む音がした。それは首からじゃなくて、もっと別の
「秀吉が世界を取ろうとしてるんだ」
半兵衛はゆっくりと言った。言葉を紡ぐ度に、力を乗せるように。
「そのために彼は、ねねを捨てる」
「ね、ねさん……を?」
「彼が失うなら、僕だって何かを捨てないとね」
秀吉にとって、ねねさんはとても、とても大切な人だ。なのに、世界の前ではそれすら捨てられるものなのか。そして、私も半兵衛にとって、どれくらいの存在なのか、確かめたかったけれど、それはもう無理なようだ。
「僕らに守るものはいらない。それは時に、弱さに変わるからね。戻らないために、今一度、すべてを壊さ……ぐっ」
ごほっ ぱたたっ
生ぬるい液体が頬に落ちた感触。かすかな鉄の臭い。
「半、兵衛」
もう、いいよ。私がやる。私が自分で
「大丈夫」
その答えを裏付けるかのように、さらに半兵衛の力が強くなった。
「かっ……!…っ…!!」
涙が溢れる。
半兵衛の姿が歪む。その中でも、赤の色がひどく鮮明に見えた。
「安心してよ」
ぽとり、ぽとり
頬にいくつも雫が落ちてくるのを、失われつつある感覚の中で感じた。
「じきに僕もいく」
秀吉が世界をとった日のことを土産話にね。
「だから」
視界が半兵衛の白に侵食されていく。
「さよならだ」
最後にこぼれた私の吐息を掬うかのように、ゆっくりと半兵衛が唇を重ねた。
はじまるために、さよなら
(それで貴方が進めるなら喜んで)
(だけどせめて最後は貴方の手で)
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