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◇はなちりて(幸村)
*つぼみ続編




『この桜が咲いたら、また某と二人で花見をしましょうぞ』



そう言ったけれど、結局あの人は、花が開くのを見ることなく行ってしまわれた。



戦が始まって、早一月が立った。ようやく戦火は収まった。
幸村様らが出兵したのは、ちょうど桜が咲きかけた頃だった。今、桜はすでに散ってしまい、葉桜になろうとしていた。
少し前に縁側で幸村様と花見をした桜も例外ではなく、今や若葉が繁っている。時折、薄桃色の花弁が空を舞っているが、それもじきに見えなくなるだろう。

そこを通る度に、桜の木を見上げて幸村様の無事を願うのがいつしか癖になっていた。散る桜に無事を祈るなんてなんと滑稽なことだろうけれど。

今も目を閉じて、幸村様の姿を思い描いていれば、突然、桜の木がガサガサと揺れ始めた。


「お疲れ、名前ちゃーん」

「佐助様!もうお帰りになっていたのですね」


ガサリと顔を出したのは幸村の忍である猿飛佐助様だった。毎回思うのだが、逆さまに木にぶら下がっては顔に血がたまらないのだろうか。

「だって忍だし」

心を読まれた、いや、先程の返事だろう。


「今すごい勢いで旦那がこっちに来るからあとよろしくね」

「え?」


そう言って詳しく聞く前に佐助様は消えてしまった。かと思えば、遠くからバタバタと騒がしい足音と共に私の名を叫ぶ声が聞こえてきた。


「名前殿ー!」

「幸村様?どうし――」


数尺離れたところで軽やかに幸村様が床を蹴って飛んだ。空中でまるで正座をするかのような姿勢をとると、

「申し訳ありませぬ名前殿ぉぉぉぉ!!」

「ゆ、幸村様!顔をおあげください!」

頭を床に擦り付けるようにして私の目の前へと滑り込んできた。
摩擦で頭から煙が出ている。
というかこれは端から見れば、幸村様が私に土下座をしている光景だ。こ、こんなところを女中頭に見られでもしたら。
顔から血の気が引いた。

慌てて顔をあげてもらおうとするが、幸村様は頑として頭を下げたままだ。


「幸村様!お願いですから…!!」

「いいえ!それはできませぬ!」

ぴしゃりと、幸村様はいい放つ。しかし、その後の声は、彼らしくない小さな声になった。


「……某は、名前殿との約束を破ってしまったのだ。なんと、なんとそなたに詫びればいいのか……」


小さくとも、私の耳に届くのには十分だった。
なんだそんなこと、とため息をつけば、別の意味で捉えたのだろう、幸村様がビクリと体を震わせた。


「幸村様は、ちゃんと約束を守ってくれたではないですか」

「否、」

「こうして、ここに帰ってきてくれてたではないですか」


少し驚いたような表情で幸村様は顔をあげる。
あぁ、久々に幸村様のお顔が見えたと心の内でほっと安堵した。


「名前にはそれで十分です」


約束を守るために、幸村様がこうして帰ってくれるならば、花見などなくてもいい。


「花は、また咲きます」


来年も再来年も、ずっとずっと。


「無事、日の本を統一し、泰平な世が訪れたとき、二人でまた花見をしましょう」


泰平な世で幸村様の隣で花見ができたら、生きていけたらそれはどんなに素敵なことだろうか。


「名前は、いつまでもお待ちしております」

「……名前殿!!」

「わわっ!」


不意に幸村様が抱きついて、地面に倒れる。回る視界の中で薄桃色の花びらが一枚空を舞うのが見えた。


*はなちりて*

また、季節が巡る



(幸村様、幸村様、退いてください!)
(……)
(幸村様?)
(……スースー)
(寝たー!!お、重い……)
(ちょ、旦那ナニしてんの破廉恥!)
(さ、佐助様!!違います、幸村様が落ちたので早く寝室に!!)
(なーんだ、せっかく通じたのかと思ったのに…)



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