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モンロー効果

 なるべく音を立てないようにそっとドアを閉めて、教室内の自分の席へと無言で辿り着いた隆に、先程のクラスメイト数人が、聞こえるか聞こえないかの大きさの声で、揶揄するように話しかけてきた。

いやらしい、ギラギラした声色だ。
こういう事を始める人間は、わざと人の神経を逆撫でするのが上手だった。

「野島君をストーキングしてみて、何か分かった事ありましたか〜?」

それは、隆が授業中に教師に対して質問をする時の口調を真似ているようだった。

以前、比べられて居た時の仕返しも込めてわざとぶりっ子のような口調にしていた事を、隆は今更になって、少しだけ後悔する。
そうか、端から見ればこんなにもイラつくものだったのか。

「まだ何も分かってない。っていうか俺はストーカーじゃないし」

本人も公認してるらしいしな。
そんな事を思いつつ、予習をするべく教科書を開きながら、隆は真里の口調を真似するかのように淡々と答える

その様子が面白くなかったのか、少しだけ声を張り上げて、クラスメイトは隆に向かって、更に言葉を投げかけた。しまった、この選択は最悪のパターンだ。

「委員会とか急に真面目にやってんのだって、理由つけて隣のクラス行く為なんじゃねーの!」
「口実作ってお喋りがしたいだけなんだろうが!」
「ちょっと気分よくなったからって調子乗ってんじゃねーよ」

その言葉は、半分くらい、と言うかほとんど当たってはいる。
ぎくり、と一瞬だけ言葉に詰まった隆を見て、それまで黙っていた女子生徒までもが、もしかして……とあらぬ噂をたてん勢いでざわついた。

(このままじゃかなり、まずいよな。いや俺の事は事実だから……何を言われてもいいけどさ。

だけど真里に何かあったら、)

真里にまで、もしも万が一にでも害が及んでしまうのなら。
このよくない感情の矛先が向いてしまうのなら……。

そんな事はあってはならない、と隆は思わず立ち上がった。
むしろ、それが原因でせっかく出来た接点がなくなってしまうのが怖いという気持ちが大きかった。
クラスメイト達が、突然動いた隆に何事か、と小さくざわめき声を上げる。隆は心の中で反芻した言葉を唇に乗せるだけだ。

「別に俺、アイツと喋りたいなんて、思ってねーし」

予想以上に、自分でも小さな声になってしまい、隆は気恥ずかしさから顔がじんわりと熱くなっていくのを感じる。

これでは相手の思うつぼだ。わかってはいる。
だが止められないのが人間のサガというものではないだろうか。

「せ、先生が見習えって言うから、見習ってみてる。それだけだ」

これはこれで事実でもある。
隆はうっすらと顔中に熱が集まるのを無視して、はっきりとそう答えた。

「嘘だと思うなら、そう思ってくれて、か、構わない……から」

最後の方はしどろもどろになりながら、椅子に座り直す。そのまま、教科書を必死に見ている振りに徹したが、静まり返ってしまった教室内とクラスメイトの反応が気になるのと、自分の言ってしまった言葉と、顔中の熱とで、兎に角、いっぱいいっぱいで内容なんて物は一ミリたりとも頭には入ってこなかった。
というか、そもそも教科書はひっくり返っていたし、読む向きは逆だった。

もっとも、それに気がつけるほど冷静な人間は、その教室内にはいなかったが。

 幸か不幸か、クラスメイトはあの時の隆の反応で一応は片づいてくれる方向になったらしい。
とは言っても、隆の知らない所で噂が起こっているのかも知れないが、それはもう預かり知らぬところだ。

なにはともあれ大事にならずに済んだ隆は、放課後まで、嫌な汗をかいたままだった。
ホームルームが終わるなりすぐさま家に帰るべく支度をして、今日は一度も会う事のなかった真里を思いながら昇降口を蹴った。

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あきゅろす。
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