モンロー効果
2
教師に尋ねても教えて貰えない。
母親に相談すると笑われる。そこはかとなく計画が潰れそうになっている状況に、隆はどうするかと舌打ちをした。このままで、積んだままでは終われない。
たかがメールアドレス、されどメールアドレスだ。
自然に知ることができないのなら、かくなる上は、教室点検の時に本人に聞くしかない。
応援する、と言っていたから、気持ちよく協力はしてくれるだろう。
現に真里は、教室点検と言う名の視察に訪れた隆を、毎度の如く無表情で出迎えていた。
「いつも精が出ますね」
「そんな鉄面皮で言われてもな……ドーモ」
ほとんど変わりないBクラスの教室を眺めて、隆は心の中で一人言ちる。
(でも、真里君が協力してくれたとしても、問題が一つ残るんだよな)
はー、と長く長くため息を吐きながら、隆は次の手を考えていた。
久しぶりにやる気を出しているのだから、ここで引き下がるのは何としても自分の気持ちに反していて嫌だった。
やればできる人間代表を自負している隆は、ここを乗り越える謎の自信があった。
「整備委員会ですー教室点検に来ましたーっと」
ドアをノックするや否や、すばやく返事がくる。ドアを開けたそこには、珍しく、別の女子生徒が立っていた。
彼女は、B組から整備委員に参加している人物だった。
お疲れさまと、にっこりと微笑む彼女は、笑みを絶やさぬままに、手を差し伸べてくるではないか。
「……なんの握手?」
「何時も大変だね。今日は私がやって提出しておくから隆君は休んでて大丈夫だよ」
ギャップの法則とでも言うのだろうか。
不良が雨に濡れた子猫を助けると好感度が高まるように、急にやる気を出した隆を、何人かの生徒は何故か心配してくれるようになった。
もっとも、それは今の隆にとって余計なお世話以外の何者でもないのだが。
「せ、折角の休み時間だし、君が休んでていいっすよ」
唾を飲んで、一語一語を絞り出すように言った。
すると彼女は、何を勘違いしたのか、えー?と可愛らしく小首を傾げながらさりげなくチェックシートを隆の手から離した。
数週間前までの隆ならキュンとしていただろうポーズだが、正直今は焦りの方が強かった。
彼女は笑いながら続ける。
「折角の休みなのは隆君も一緒でしょ?来週はまたお願いすると思うからさ」
ね?と眩しい笑顔で言われてしまえば、隆はいよいよもう何も言えなかった。
元来、可愛い女の子には逆らえないのが隆の弱点なのだ。そしてこの学校には可愛い女の子が多すぎる。
そうして静かに閉じられたドアの向こうにいる人物を思いながら、隆は俯く。
(口実を作って訪ねるのも駄目か……と言うか、さっきのって)
自分の教室へと戻りながら考え事をしていると、教室内で談笑するクラスメイト達と目が合った。
「おーおー噂をすれば、野島君のストーカーの野島君じゃないか」
さながら挑発するように、と言うか挑発そのものの目で、彼らは笑う。
隆は、やっぱり問題は避けられないものだったか。
と気づかれないように顔をしかめた。いわゆる、『始まった』のだ。
それまで問題児とされていながらも、テストではそこそこの成績を収めているせいか教師からは特に何も注意されず過ごしていた生徒。
それが、急に授業を真剣に受けると思えば変な質問を繰り返す。
しかも、なんて事はないはずなのに女子からは好奇の目で見られる。
それを、クラスメイト達はただ笑って受け入れてくれはしないだろう、隆はそう思っていた。
そして、その通りの事態が、今、正に起きようとしていた。
多感な学生にとって、学校生活を潤す一番の方法は共通の敵を作る事なのだから。
きっと隆だって、蚊帳の外の他人であればそれに荷担するような、そんなささいなレベルの話なのだ。
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