モンロー効果 3 隆は、この日初めて整備委員を教師陣から押しつけられた事を感謝した。 本来のところ、委員会は強制参加ではなかったのだが、隆は実は整備委員の一員だった。 これは少しくらい真面目に、と無理矢理ねじ伏せられた代物で、隆自身も、しぶしぶと言った様子で参加をしていた。 そもそもの話、他に隆を押しつけられそうな委員会もなかったのだ。 それは隆自身もよく理解していたし、実際委員会に入るとなると、隆はそれなりに会議などにはしっかりと参加するようにしていた。 勿論、意見を言った事がないので、ただそこにいるだけの幽霊のような存在だったのだが。 授業中と違うところと言えば、しっかりメモをとっているところだろうか。 後にこのメモは今後の委員会の引継ぎで使われるようになるのだが、この時はまだ誰も知らない。 整備委員会では、主に校内の美化強化と、各備品の確認や不良品の交換などを行っていたのだ。 これを口実にBクラスに近づき、それとなくクラスの人から憎らしきあの人物について尋ねてみればいいのではないだろうか! 我ながら完璧すぎる作戦に違いない! 隆はそう直感していた。 ニヤニヤと笑いながら廊下を進む隆は、完全なる変質者だった。 「そんな訳で委員長さん、一年の教室点検シートくーださーいな」 まるで昭和のドラマみたいに。 駄菓子屋に来た子供のように、委員長に向かって隆がわざとらしくそう言うと、委員長はまるで親が子を見るような目で、涙を滲ませながらチェックシートを隆にしっかりと手渡してきた。 眼鏡と涙が相まって、元々の美少女がさらに可愛らしくなっている、と隆はぼんやりそれを見た。 面倒なので口が避けても言わないが。この学校はもしかしたら女子のレベルが高いのかも知れない。 「遂に!やる気になってくれたんだねぇ……!!委員長は嬉しいですよ」 湿ってしまった紙を摘み、窓で軽く振って乾かしながら隆は適当に相槌を打つ。 普段自分はどんなイメージなのだろうか、委員長の言葉から想像するに自分は結構問題児だったんじゃないか……? 確かにまごう事なく隆は問題児だったのだが、少しだけ悲しくなったのを、何とか誤魔化して委員会の部屋から飛び出した。 自らのクラスであるCから点検を始めた隆だったが、変に寝ていたやる気を無理矢理に起こしてしまったせいだろうか。 どうせやるなら徹底的にやらなければ、と目を皿のようにして教室を見回った。 (自分でやってて思うのもあれだが、これじゃBクラスにたどり着くまでが相当時間かかっちまうよな) 黒板消しと、そのクリーナーとを一通り綺麗にして、チョークの本数とその色数を数え、足りなければ足して、多すぎる分があれば回収する。 黒板周りだけでこんなにもやらなければならない事があるとは、隆は何時も適当にやってきていた事を後悔した。 チェックシートの太いゴシック体が、やけに重苦しく感じる。 「おお……!あの野島が、委員の仕事を真面目にこなしている!」 「すっげーキビキビしてんな。今日熱でもあるんじゃねーの」 「あるいは雪が降ると見た」 背後から囁かれる、クラスメイトの野次のような応援が鋭い矢のように背中に刺さる。 本当は言い返してやろうかとも思ったが、隆はぐっと堪えて机や椅子の点検に戻った。 (おいおい……この俺にそんな態度とっていいのかよ。 このCクラスの備品は今この俺の手にかかってるんだぞ……こんなのはBクラスに行く為の通過点に過ぎないんだからな、畜生) どうしてここまで急にBクラスに行かねばならないと思うのだろうか。 一度自分の中で決め込んでしまった物を、隆は意固地になって貫き通そうとしていた。 もはやそれは『楽しみ』みたいな感情だった。 野島を越えるためにノジマを知る。 隆にとっての高校生活は、今この時動き出したのではないだろうか。 [*前へ][次へ#] [戻る] |