モンロー効果 2 廊下のリノリウムを蹴って、たった一人しかいないCクラスのドアを開く。 窓辺にもたれかかっていた隆は、真里に気づくと小さく手招きをした。 「もうすっかり寒いと思ったら、見てみろよ」 何がそんなに面白いというのか、隆は既に暗くなった外を指さして笑う。真里も教室へと入り空を見上げると、そこには小さく粉雪が舞っていた。 「12月だもんな、あとちょっとで冬休みだ」 いたずらが成功したようにマフラーに顔を埋める隆は、真里の心をどんどんと埋めていくようだった。 (そっか、隆君もこんな気持ちだったんだ) 季節の変化などに敏感な彼の事だ。 きっと自分の事で様々な想いを巡らせた事だろう。 真里は、密かに人の気配が誰もない事を確認してから−隆の肩口を己の方へと引き寄せた。 全くの無意識であった隆も、これには困惑しすっぽりと真里の腕の中に収まってしまう。 二人の身長差は手の平サイズ、大体12cmほどと言ったところだろうか。 どこかの雑誌で見たように、なるほど隆は随分と収まりの良いサイズをしている。 「あの、真里君。熱い」 マフラーなどもはや全く必要なくなった隆が、黒板の紅色チョークよろしく顔を真っ赤にしてしまったので、真里は離して話してやる事にした。 一度火がついてしまうと、真里は自分でも理解出来ないような行動を体が勝手にとってしまうのだ。 (うん。体が勝手にやってしまうのだから仕方がない) そう思いながら、真里はそっと床に座りこむ。 すると隆も目線を合わせるためかしゃがみこんでくれたので、さらに手をつく姿勢に切り替える。 いわゆる、土下座のポーズだ。 「ま、真里君!? 何何、急にどうし−」 「俺、なんであの時断っちゃったのかずっと後悔してた」 「あの時って、前に言ってた告白された時の事?」 このタイミングでなんでそうなるんだよ。分かれよ。 そうは考えてもふった本人が言えた事ではないので真里はそのまま続ける。 「一緒にいると、ほんと、心が落ち着いて、でも近くにいないとすっごい、暗い気持ちになるんだ」 「そう、それは片思いの相手に伝えるんだな」 隆の言葉が震える。動揺しているのだろうか。 しているに決まっているのだが。 「その相手は、君だよ」 土下座の姿勢になったは肝心な頭はいつ下げるべきなのだろうか。 思案しながら少し俯くと、隆の陰しか目に入らなかった。 「君って……またまた!勘違いさせるような事言うなよ」 今までのお礼のつもりか。吐き捨てるように隆が返事をする。 それはそうだ。勇気を振り絞って打ち明けたのに、それが叶う事がなかったのだから、この今起きている状況は受け入れがたいものだ。 「……勘違いでも。隆君が俺の事で頭いっぱいになっちゃってるなら、それでいい。もう、なんでもいい」 それでも、こうなってしまえば、もう関係ない。 これまで10数年間生きてきた真里自身では考えられないほどの、あり得ない選択だった。 「俺は、野島隆君の事が好きなんだ」 深々と一度頭を下げて、それから思い切って顔を上げる。 目の前にいた隆は−目に涙を浮かべて、しかし絶対に出すものかとこらえた表情だった。 真里は、隆の涙に弱いらしい。どうしたらと手を伸ばすも、それはすぐに振り払われてしまう。 「そんなん聞かされたって、俺、どうしたらいいかわかんないじゃんか」 「いいよ。隆君の好きなように考えて」 「ワケわかんねぇ……っ、真里君が、何考えてるか、分かんねぇよ!!」 刹那。伸ばした腕が掴んだものは、タータンチェックのマフラー一筋で。 走り去るその背中を追いかける前に、足音は遠く廊下に響いていった。 一人取り残された真里は、それでも満足といった表情でマフラーを拾い上げると、慈しむように両手で包み込んだ。 (隆君の温もりが残ってる、なんて変態っぽいかな) [*前へ][次へ#] [戻る] |