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モンロー効果

 「おいおいしっかりしてくれよ、隣のクラスの野島はもっとちゃんとしてるぞ」

これは、ここ数日隆がしばしば教師から言われてしまっている一言だ。

授業中や移動中、隆がぼんやりと外を見ている時など、教師は呆れた表情でよくこの言葉を口にした。
人によって、ため息が追加されている事もあった。
例えば、それは国語の授業の真っ最中。筆者の気持ちを述べよ、という質問に対して隆が言った答えに対しても言われる事だった。

「筆者は締め切りに追われて苦しみに悶えていました」
「書いてる時の気持ちじゃなくて、どんな気持ちを込めたのかだ!」

正直に言って、隆はノートに描く漫画に熱中していた。
もうこんなに熱中できるとはボクって意外と無気力卒業していたのかも。
そんな風に思えるくらいには授業は思考の外だった。

教師から指をさされ、頭をかきながら椅子に着座するとあっという間に教室内から、くすくすと小さな笑い声が上がった。

隆ですら、当事者でさえなければ大声をあげて笑っていただろうこの状況で、周りのクラスメイトを恨む気持ちはおきなかった。
むしろ、ドン引きよりは全然マシだと思えるので、少し感謝していたくなるくらいだ。

「全く……ちなみに模範解答は愛するペットを失って悲しくなった気持ちを込めている、だ。野島、お前も隣の野島を見習ってもっとちゃんと教科書を読めよ。予習と復習は学生の、」
「ハイハイスミマセンデシター」

隆はもう本当に面倒臭くなって適当に謝りながら猫背ぎみに椅子に腰掛ける。
胸のどこかに、少しだけつっかかるわだかまりを感じながら。

 昼休み。隆が中庭へと続く廊下を歩いていると、グループでよく行動している女子がちょうどトイレから出てくるところに出くわした。
なんとなく、ぶつかるのが気まずくて、隆は思わず壁に寄った。少女たちは、何も気にしない風に隆の横をゆったり通り過ぎる。
相変わらず女子の会話はとりとめもなくたわいもなく、それでいてちょっと面白い。

「野島君ってこの間の抜き打ちテストで満点とったんだって!」
「それだけじゃなくて、問題の不備まで訂正したりしたらしいね」
「もしかしてサイボーグなんじゃないかな、野島君」
「勉強サイボーグノジマ・マサト!まじ笑える」

最初は、自分の事だろうかと聞き耳を大きくして聞いていた隆。
しかし、よくよく聞けばそれは自分の事ではなかったらしい。

サイボーグとまで呼ばれる程、その野島は真面目なのだろうか。
いや若干笑い話とされているくらいには、几帳面とも言えるのだろう。

しかし、やはり頭のいい人物は女子から人気が出るのか。隆は少しだけ思案した。

(いや、俺だって満点こそいかなかったけどいい点とったしな)

何を張り合う必要があるのだろうか。
隆はそれさえにも気づかないまま、心のどこかにたまり始めたわだかまりを、いまいち消化できないまま、どんどんと育ててしまっていた。

 とにかく頭が冴えていて、しかしそれはただの才能とかではない。
日頃から勉学に勤しんでいるからこその、努力の賜である。
教師はおろか、多数の生徒が、『もう一人の野島』をそれはそれは高く評価していた。

それこそ、過大すぎるのではないかと隆が考えてしまうくらいに。
最早心の中は黒い嫉妬でいっぱいになっていた隆は、一人こっそりと呟く。

「そんなに野島君を参考にしろってんなら、お望み通りしてやりますよって」

ポケットの奥底から、思い出したかのように少しだけ出てきたやる気を胸に、隆は誰にも気づかれないまま立ち上がろうと腰をあげて、すぐさま椅子に座り直した。そう言えば。

(ノジマ君の顔を知らなきゃ、参考はおろか観察すら出来ないんじゃないのか!?)

そうと決まれば、まずは敵地に赴いて顔を盗み見てやらん事にはどうにもならない。
かくして、悪役よろしくにやりとほくそ笑んだ隆は、次の休み時間に早速隣のクラスへと足を運ぶ事にしたのだった。

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あきゅろす。
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