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モンロー効果
2
 正直なところ、自分のために色々と考えてくれる隆を見ているのは悪くない。

普通であれば、興味のない人間から向けられる好意ほど嫌なものもないはずだったが、それが隆であれば別問題。
真里は、隆からの思いは重くなく、嬉しさそのものだったのだ。

「周りに心配かけないでよね」

墓穴を掘ったのは隆だ。
自分の前では耐えきってしまうのに、他の人物には簡単に涙を見せてしまうなんて。

(隆君も、俺にもっと執着すればいいのに)
でなければ、この己の中にうずまく感情と、まるで釣り合わないではないか。

 この感覚には、全く見に覚えのない真里は、辞典を引いてみる事にした。
迷った時にずばり解決してくれるのはいつだって辞書だ。

(あ行から順番に、それっぽい言葉を見ていこう)

電話の向こうの隆に適当に相づちを打ちながら、指で次々になぞっていく。そうして『さ行』に到達したところで、真里の思考は止まった。

「……真里君話聞いてないだろ」
「嫉妬だ」
「え?」

真里の人差し指が突き刺ししめす場所、それこそまさに『嫉妬』だった。

(自分にとって重要な人、物が他の人物に奪われる不安、恐怖により引き起こされる感情)
それは、真里が最近ずっと感じていた『どす黒い感情』に限りなく近かった。

 「真里君、何かあったのか」

いぶかしそうに、電話の向こうの隆が尋ねてくる。
教えてあげようかどうしようか。
真里はこみあげてくる笑いを誤魔化して、口を開く。

「俺、ずっと嫉妬してたみたい」
「嫉妬って、俺に?サイボーグ野島真里が?」
「何それ」

何でもない、と隆は少し笑った気がする。
何はともあれもう泣いている様子もなかったので、真里も続ける事にする。

「嫉妬の意味って知ってる?愛する者の感情が、他の人に向けられるのを妬み憎む事なんだって」

自分が実感したのはそこではないが、隆に教えるならこちらの方が喜んでくれるのではないか。
そう思っての発言だった。

−その言葉が、あまりに軽率だと気づかされたのは、隆が電話を切った後だった。

「あんまり好きとか言わないでくれないか。勘違いするから」

ブツリときれた電話の向こうから、もう話し声は聞こえなかった。
自分よりも無表情な冷たい声に、真里の方が泣きたくなった。

 次の日の朝。登校路で真里は、隆になんとか弁明しようと待ち伏せをしていた。
なんだか、お互いにこういった機会が多い気がする。

しかし、道の反対側で隆に遭遇するや否や、隆は酷く怯えた表情をして、それから急いで学校へと駆けだしてしまった。

(まさか、もう隆君は俺の事を嫌いになってしまったのかも知れない)
百年の恋も冷めるという言葉があるのを、真里は思い出していた。

隆的には、その方が良いのかも知れない。
真里からすれば、それは避けたい言葉だった。

(嫌われたくない、嫌われたくない。嫌わないで!)

運動神経の悪い自分が、走って追いつける筈がないのだが。
それでも真里は、何もしないでただ見ているだけでは満足できなかった。

 信号や門の荷物検査で、昇降口の上靴を履き換えている隆に奇跡的に間に合った真里は、どう声をかけようかと躊躇う。
すると隆は、目尻の下がった笑い顔で、そっと親指を立てる。不器用なサムズアップは、もう見慣れた癖だ。

「俺、昨日の事忘れるから。気にすんなよ」

この時ほど、癖に気づいておいて良かったと思わない日はないだろう。
普通に聞けば、ショックを受けそうな言葉だったが、それは紛れもなく、本人からの『忘れない宣言』なのだから。

「うん、ごめんね」
−今日までずっと、辛い思いをさせて。

真里がそんな思いをこめた事を、隆はきっと知る由もないが。

「おう、それじゃあ昼休みに」

そう言って向けられた背中は、あの告白をされた次に出会った日と、まるで変わっていなかった。

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あきゅろす。
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