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モンロー効果
3
 「隆君が元気なくて、ちょっと心配なんだ」

放課後、帰宅準備をする真里に整備委員の女子は事もなげにそう言った。
およそ他人事のように−事実他人事なのだが−机の上に座り足を組む姿は普通の世間話と何ら変わらない。

しかし、『元気がない』とはいったいどういう事だろうか。
真里は先刻の赤い目尻を思い出して、続きを促す事にした。

「嘘をつくとき、親指をグッて立てる事があるんだけど、今日の会議で連発してて」
「やっぱりアレって癖なんだ?」

するつもりもなかったのに、思わず返事をしてしまった。
委員会でしか付き合いのない彼女にすら知られてしまっているのだ、あの独特のサインは。

(俺以外にも気づく人がいるなんて、ちょっとフクザツ)

彼女は、足を崩しながらうーんと頷く。
女の子好きと言っていた隆なら喜ばしい状況なのだろうか。

「野島君、親戚なんだからちゃんと見てあげなきゃ!」

余計なお世話だ、そう言って彼女の頭を小突くと、教室の残っていた生徒から黄色い声が聞こえてくる気がした。

−『親戚』じゃない人に言われなくたって、そうするよ。

 翌週の昼休憩。隆は珍しく学食でDランチを購入していた。
生姜焼きに冷や奴のついてくる、いわゆる一番人気のメニューだ。

「弁当作れないほど、落ち込んでる?」

小さく呟いたその言葉が、隆に届いてしまったかどうかは分からないが、彼は顔をあげて真里を見る。
くるりと丸い、まつげの短い瞳が2つ、こちらの初動を待つかのごとく開かれている。
まるでその表情は、エサを待つ猫に似ていた。

「俺、聞くからさ、何でも。真里君よりケーケンないかもだけど、相談してくれよ」

親戚なんだから。白米を口に含みながら一言にそう言い切ると、猫のように丸い眼は節目がちに下へ向けられる。
先日、あの噂は誤解だったとメールで弁明したはずだったが、どういう事か隆はそれを照れ隠しと受け取ったようだった。

「親戚じゃなかったら、聞いてくれないんだ」

我ながら意地悪な答えだったと思うが、確かにそう感じたのも事実だった。
しかし隆はと言うと、湯気のたつ味噌汁を口元へ寄せて、ふっと笑ってみせた。
その声は、随分と小さく震えているような気がしたが。

「……親戚じゃなくても、好きになってたと思うよ。だから俺は真里君の事応援するって決めたんだし」

そのまま味噌汁を一気に飲み干して、グッと立てられた親指のなんと儚い事か。
隆が、そっちがその気なら。
真里だってお望み通りにしてやろうじゃないか。
そんな意地悪な気分になってしまうのだった。

 (誰の事とは言わずに相談すればいいかな)

隆は会話する事、一緒にいて楽しいのが自分だけとでも思っている節がある。
だからこの機会に教えてやるのも悪くはないと真里は思った。

「気になってる事は多いよ」
「おお!早速きたか!」
「うん、どんなメールが返ってくるかとか、よく考えてる」

口に出してみて、自分でもそう思っていたのかと気づかされた。
自分はつい長文になってしまう事が多いから、隆の文章に合わせていくうちに短いメールも打てるようになっていたのだ。
人によっては退化だと言われる事だが、真里にとっては喜ばしい事だった。

「月並みだけど、押してダメなら引いてみろって奴だと俺は思うんだよ」
「メールしまくってみろって事?」
「真里君はあんまり自分から話しかける事ってないだろ?今後は一日一回は自分からいってみるとか!……どうかな」

自分で言ってて恥ずかしくなってきたのか、隆は最後ははにかみながらそう言った。
本当に、彼は自分とは正反対すぎるくらい表情豊かで見ていて飽きる事がない。

そして何より、あの先日、男子トイレという衝撃的な場所で見てしまった涙を思い出しては、心のどこかがネジをなくしたようにぎこちなく疼くのだった。

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